最近、年次有給休暇(以下、『年休』)についての相談が増えてきている。昨年(2019)4月から始まった年5日の年休取得義務化により、これまで年休を取得していなかった人も取得しなければならなくなり年休の件数自体が増えたことや、今まさに起こっている新型コロナウイルス感染症対策に関連した休暇制度の適用などがその背景にあるようだ。これらにともない、今までにはあまりなかった形の年休トラブルも散見されるようになっている。今回は、今までになかったタイプの最近起きている年休トラブルについて、その事例紹介と対策を考えてみたい。

年次有給休暇をめぐるトラブル事例とその対策

 最近、年次有給休暇(以下、『年休』)についての相談が増えてきている。昨年(2019)4月から始まった年5日の年休取得義務化により、これまで年休を取得していなかった人も取得しなければならなくなり年休の件数自体が増えたことや、今まさに起こっている新型コロナウイルス感染症対策に関連した休暇制度の適用などがその背景にあるようだ。これらにともない、今までにはあまりなかった形の年休トラブルも散見されるようになっている。今回は、今までになかったタイプの最近起きている年休トラブルについて、その事例紹介と対策を考えてみたい。

(1)年休キャンセル事件
たとえば、下記のようなやりとりがあったとしよう。

社員A:「明日からの年休についてなのですが……」
社長:「コンサートに行くんだって? 楽しんで来いよ!」
社員A:「それが、コロナ対策で中止になりまして。年休キャンセルして勤務したいのですが」
社長:「……」

 政府の緊急事態宣言にともなうイベント自粛要請の影響を受けて、年休取得中に予定していた旅行や行事などが中止になるケースが多発している。この場合、労働者側は年休をキャンセルして勤務をすることが可能かどうかという問題だ。さて、上記の社員Aは年休をキャンセルして勤務できるのだろうか。
 
 年休は、労働者がその時季を指定することで取得が確定する(『労働基準法』39条5項)。これは当然の権利である。一方、それをキャンセルする権利については法律上明示されてはいない。明示されていないので、どう解釈するかが論点になるが、労働者自らが一方的に確定した休暇を、さらに一方的にキャンセルできる、というのではあまりに身勝手だろう。権利の濫用禁止(『民法』1条3項)という考え方も適用できそうだ。だとすれば、上記社員Aには年休のキャンセル権はなく、会社は勤務を断っても差し支えない。

 ただし、現実問題として会社側が「ダメだ。休んでくれ」と却下してしまうと、無用なトラブルが生じかねない。実務の落としどころとしては、当事者間できちんと話し合って納得して休む(あるいは勤務する)ということになろう。特に問題がないのであれば勤務してもらえばよいし、代替要員を確保済みであるといった動かしがたい事情があるのならば、それをきちんと説明したうえで休んでもらう、といった対応が妥当な線ではなかろうか。

(2)年休優先指示事件
「会社の特別休暇でなく年休を優先取得すること」。テレビや新聞報道などで周知のとおり、日本郵政グループが、このような内容の指示を従業員に出して問題になった。新型コロナウイルス感染症への対策に関連した臨時休校のために仕事を休む保護者に対して、「年休を優先取得するように」と指示したということである。新聞記事によると、年休であれば会社側に「時季指定権」があるのでそのように指示したらしい。つまり、いざとなれば出勤を命じられるから、そうしたというわけである。

 シフト作成の苦労を思うと気持ちはわからなくもないが、この指示をした人は、年休が法定要件を満たせば法律上当然に発生する権利であって、使用者の意思が入り込む余地はない(行政解釈 1973年3月6日『基発110号』)ということを忘れている。「年休を取るな」ということはもちろん、「取れ」と指示することもできないのである。独自の特別休暇を定めている会社は多いと思うが、年休を優先するような指示をするようなことのないように気を付けたい。

(3)「お子さんいないよね」事件
「お子さんいないよね。(新型コロナウイルス感染症対策による)休校、関係ないよね?」。年休届の取得理由欄を空欄で出した労働者に、こうした内容の発言をしてトラブルになったケースも発生している。ストライキといった場合を除き、年休の利用目的は労働者の自由である(行政解釈 1973年3月6日『基発110号』)。会社側は年休取得理由に固執しないよう留意したい。また、従業員に対し、仕事と直接関係のないプライベートな質問を不用意にしてしまわないよう注意も必要だろう。思わぬところで地雷を踏み、大きなトラブルに発展してしまうリスクにも配慮したい。

 2年ほど前の出来事であるが、「クイズに全問正答で年休チャンス」などというメールを従業員に送信して大騒ぎになったケースもあった。こうした年休トラブルの背景に共通してみられるのは「年休ルールに対する無知・不徹底」である。年休取得に関する問題は感情的になりやすく、大きなトラブルに発展しやすい。まずは労使双方が正しい年休のルールを身につけて、適切な運用を目指していきたいものである。


出岡健太郎
出岡社会保険労務士事務所

著者プロフィール

HRプロ編集部

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