大学で習う入門段階の経済学では、「完全競争市場」が前提とされています。すなわち、すべての人々には同じ情報が与えられており、市場がある特定の人にとって有利に働くということはないという前提です。
もちろん現実にそんな世界はありませんが、経済の原理を学ぶため、学生はこのような世界を前提として経済学に触れていきます。
では、現実の世界では、いったい何が経済の成長のために必要なのでしょうか。
「それは経済制度である」というのが、ノーベル経済学賞を受賞したアメリカの経済学者、ダグラス・ノース(1920〜2015)の主張です。
彼の考え方を、手短にまとめると、次のようになります。
有史以来、多数の国で、いくつもの王朝が誕生したが、新しい王朝ができると、古い王朝の人々の財産は没収されるのが当たり前だった。これは、本来の所有者の元に富が蓄積されないことを意味する。しかし、経済が成長するためには、富が蓄積されるような財産権の保護こそ経済制度として大切になる。
ヨーロッパ、とくにイギリスでは、世界に先駆けてそのような社会が誕生していた。そのことが、ヨーロッパが他地域よりも経済発展した理由である——というものです。
今回は、このノースの説を考えてみたいと思います。
財産を没収されない社会が経済成長する
かつては、「イギリスで産業革命が生じたのは、イギリスは政府の力が弱く、自由放任であり、企業が規制されることなく商業活動に従事できたからだ」と言われていました。ですが、現在の研究では、政府の存在は、経済活動を円滑にするためには不可欠だったという意見に変わっています。政府の働きかけがないと、財産が蓄積されないからです。