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 過重労働あるいは長時間労働の改善が、働き方改革においても重要な課題となっているが、使用者の安全配慮義務に関して、筆者の地元である長崎県で、このほど異例の判決が言い渡された。当然の如く控訴されると見込まれるため、今後の上級審の判断に要注目である。

 長時間労働に関する異例の判決

 原告は、長崎県大村市の製麺会社の工場で働く30代の男性であるが、2012年6月ごろから2017年6月までミキサーに小麦粉を入れる業務などに従事していた。2015年6月から退職するまでの2年間の時間外労働は月90時間を超え、160時間を超えた月もあった。過酷な時間外労働を強いられたとして、被告の製麺会社を相手取り、未払残業代と慰謝料の支払いを求めた事案である。

 長崎地方裁判所大村支部(宮川広臣裁判官)は、令和元年9月26日の判決で、長時間労働が原因の体調不良は認めなかったが「労働状況を改善せず、心身に不調をきたす危険がある長時間労働をさせて人格的利益を侵害した」と判示し、未払いの残業代など289万円やそれに付随する「付加金」157万円、慰謝料30万円の合計480万円の支払いを命じた。

判決の趣旨は?

 この判決の特徴は、労働契約法第5条により企業側に求められている安全配慮義務を、疾病(労働災害)の発症の危険性の段階で認め、これを保護法益に位置づけたことである。

 平成20年3月1日に施行された労働契約法では、その第5条で「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定しているだけである。法益は「労働者の生命、身体等の安全確保」であるが、おおかた今日ではあまりにも大雑把すぎる条文であると認識されたのであろう。

 そもそも安全配慮義務は、判例法理によって確立され、また判例・裁判例の積み重ねでその内容が具体化されてきた。当初は、労働者の身体的な安全を保護対象としていたが、過労や長時間労働を理由とした疾患・死亡・自殺が問題化するに伴い、その対象を労働者の身体的・精神的健康に拡大してきた歴史がある。

 最近では、「健康配慮義務」という概念まで登場している。さらに、労働安全衛生法などに見られる労働者の健康管理やその侵害の予防に関して使用者に求められる義務は、ますます緻密化・高度化しており、それは安全配慮義務の内容にも大きな影響を及ぼし、裁判における判断も変容してきている。

 もっとも、平成26年の東芝事件(精神疾患と解雇関係事案)では、「労働者にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には、病院への通院状況といった労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要があるものというべきである」(最小二判・H26.3.24、一部筆者修正)と判示され、すでに使用者の安全配慮義務は拡大されてゆく流れではあった。

安全配慮義務の今後と管理マネジメント

 最近の労働契約関係は、精神疾患に見られるように、濃淡を持ちながら継続性を有しており、保護法益は一旦侵害されると回復が順調にはいかないこと、労働者が行使できる「申告」(労基法第104条)という制度はその権利保護が不十分であること、などからすると、今日的「安全配慮義務」には、使用者すなわち企業側の予防的な措置まで含まれる、と考えなければならないだろう。

 今回の裁判例についても、上級審で覆る可能性は、かなり低いのではないかと思われる。使用者にとっては厳しい現実ではあるが、これまで採ってきた労務管理の手法や意識をドラスティックに転換しないと、リスクマネジメントが機能しなくなるだろう。

 筆者は、日頃の労務管理コンサルで「労働時間管理」、「休職・復職管理」、「社員指導教育管理」を三種の神器として、これらを会社主導で実施することが、リスクヘッジされた予防的労務管理につながると指導している。働き方改革を推し進めるうえで必要不可欠な事項でもあり、多くの企業で取り組まれることをお勧めしたい。


大曲 義典
株式会社WiseBrainsConsultant&アソシエイツ
社会保険労務士・CFP

著者プロフィール
 

HRプロ編集部

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