これまでの価値観を覆す人事キーワードが並ぶ
2019年は本当に日本のHR界隈が揺れた年でした。経済産業省(経産省)による「人材競争力強化のための9つの提言」(※1)の発表、一般社団法人 日本経済団体連合会(経団連)による終身雇用制と新卒通年採用化への言及(※2)。さらに働き方改革関連法の施行。そして100年に一度と言われる、日本を支える自動車業界の変革。特に今までほとんど中途採用を行ってこなかったトヨタによる中途採用の拡大は、人材獲得競争激化を予感させる出来事でした。
そこで改めて、2019年の人事キーワードを振り返ってみたいと思います。
終身雇用制崩壊
このコラムでも何度も取り上げているキーワードです。経団連による終身雇用制が維持困難だという言及は、日本の人事制度の完全崩壊を意味します。日本の人事制度の長年の特徴だった年功序列、職能資格制度、そして終身雇用制。これらほとんどが終わりを迎えつつあります。残るのは企業内労働組合。企業よりも個人が強い時代である現代社会では、労働組合も今後、役割を終える可能性が高いでしょう。
新卒通年採用化の拡大
これまでの新卒一括採用時代が終わりを迎えることになりました。とはいえ、しばらくは一括採用を行う企業も残るでしょう。日本では、学生だけでなく労働者自体が希少資源になりつつあります。新卒通年採用化の拡大は、人材獲得戦争の夜明けを意味します。経営資源である人材を巡り、特に優秀な人材に対してはこれから熾烈な戦いが繰り広げられるでしょう。
働き方改革
昨年、大企業に対して「働き方改革関連法」が施行され、そして今年4月には中小企業にも同法が適用されます。これにより「働き方改革」は一巡すると考えられます。次に来るのは時間労働から成果労働、価値労働への転換です。高齢化や人材不足による人件費高騰により、定型業務はRPAや外国人労働者に置き換わっていくでしょう。そして日本人は、専門性や難易度、人間性が高い仕事へ徐々にシフトしていくでしょう。実際にアメリカでは、高い人件費に見合わない事務などの定型業務がどんどんなくなってきています。
完全雇用状態
総務省は今年10月に発表した労働力調査で「完全雇用に近い状態にある」という見方を示しました。2019年8月の完全失業率は2.2%で、景気要因による失業はゼロという状態にあります。働きたい人はどこかの企業で働いている状態のため、人材不足を補うためには他の企業から人材を引き抜く必要があります。今後は定年退職者の増加に伴い、欠員補充のための人材獲得が激化すると予想されます。
エンゲージメント&モチベーション
昨年はエンゲージメント元年といってもよかったのではないかと思います。アメリカから、短期間に何回も従業員アンケートを行う「パルスサーベイ」の考え方が伝わり、実際にパルスサーベイを導入する企業も増えました。背景には、離職率の増加、中途採用強化による社員定着施策の重要性アップがあります。まさにこれからエンゲージメント向上施策に取り組もうとしている大企業もあるのではないでしょうか。
HRテック
人事関連のテクノロジーであるHRテックも盛り上がりを見せました。リンクアンドモチベーション社の「モチベーションクラウド」やプラスアルファコンサルティング社の「タレントパレット」はテレビCMも放映されました。BtoBのITシステムがここまでプロモーションを行うのは珍しいことです。それだけHRテックは注目されており、ベンダー側にも資金があつまりやすいのでしょう。今までITとほぼ無縁だった人事は、これからどう変わっていくのでしょうか。
連鎖退職
昨年、青山学院大学の山本寛教授が「連鎖退職」というタイトルの書籍を出版されました(※3)。「連鎖退職」とは、若手や優秀な人材が辞めることをトリガーとして、次から次へと退職が発生する現象です。人手不足で転職市場が活性化している現代だからこそ起こりうる現象です。実際に人事の現場では、特に理由もなく辞めて転職する方を見かけることも多くなってきました。退職した方に理由を聞くと、「このまま会社で成長できるイメージがなかった」「条件が良ければ他の会社に転職する」といった理由があがりました。また、「退職代行」を利用して退職する方も増えてきています。現代は、会社を退職しやすい時代になりつつあるのです。これからは、ほんのちょっとしたきっかけで退職が起こりうるでしょう。
※1 経産省:変革の時代における人材競争力強化のための9つの提言
※2 経団連:定例記者会見における中西会長発言要旨
※3 HRプロ:企業を倒産へと追い込む可能性をはらむ“連鎖退職”。その構造と予防策・対応策とは?
2019年とは、人事にとってどんな年だったのか?
こうしてキーワードを振り返ってみると、人事にインパクトが大きいものばかり並びます。まさに2019年は日本の人事にとって大きなターニングポイントでした。日本の人事制度の特徴である「横並び」「一律」「一括」というキーワードはなくなりつつあります。かわって今後は、「個別」「優秀者優遇」「自社固有」というキーワードが強くなるでしょう。つまり他社の真似をしてきた日本企業の人事は、これまでのやり方が通用しなくな ことを意味します。まさに人事大競争時代の幕開けです。
この大競争時代に対してスタートラインに立ったばかりの企業もあれば、すでに先を行く企業もあります。経営資源である人材の獲得と有効活用は、これからさらに大きな経営課題になるでしょう。また、人事への取り組みが数年後に大きな業績の差となって現れる可能性があります。経営を強くするにはどうすればよいのか、よりよいサービスや製品を提供するにはどうすればよいのか。自社固有の視点での問題解決力が、これからの人事に強く求められます。
2020年は人事にとってどんな年になるのでしょうか。
著者プロフィール 中野 在人 東証一部上場大手メーカーの現役人事担当者。 新卒で国内最大手CATV事業統括会社(株)ジュピターテレコムに入社後、現場経験を経て人事部にて企業理念の策定と推進に携わる。その後、大手上場中堅メーカーの企業理念推進室にて企業理念推進を経験し、人材開発のプロフェッショナルファームである(株)セルムに入社。日本を代表する大手企業のインナーブランディング支援や人材開発支援を行った。現在は某メーカーの人事担当者として日々人事の仕事に汗をかいている。 立命館大学国際関係学部卒業、中央大学ビジネススクール(MBA)修了。 個人でHRメディア「HR GATE」を運営中。 |