GRヤリスがついに世界初公開された。意欲的なスポーツカーは、いかにトヨタのクルマづくりの哲学を変えたのか──。スポーツジャーナリスト・田邊雅之氏による試乗記と開発者へのインタビュー、全3回にわたるシリーズ最終回。

前編:衝撃の「GRヤリス」、試乗で絶賛された秘密
中編:なぜトヨタはスポーツカーにこだわり続けたか

異例だった「スポーツカー」開発

「GRヤリス」公開に先立ち行われたプレゼンテーション。

 TGR GRプロジェクト推進室の齋藤尚彦は、開発のこだわりに「軽量化」と「生産工程や調達のプロセス」の見直しを挙げた。これは従来の「スポーツカー」開発と異なったアプローチである。

――従来、スポーツカーの開発とは、余力のある会社が採算性を度外視して行う『余技』のような活動だというイメージが強かった。ところが斎藤さんのお話をお聞きしていると、GRヤリスは経営の効率化にもしっかりプラスに働いている。その点できわめてユニークかつ、異例なパッケージだという印象を受けます。

「仰るとおりです。私自身、最初は皆さんが考えるようにスポーツカーというのは娯楽の方向に針が振れていて、モータースポーツは少しお金かけてやる活動だというようなイメージを抱いていました。

でも性能を上げるにしても、原価をちゃんと下げていくにしても、結局はトヨタに昔から伝わってくる『TPS』という考え方に尽きてくる。このクルマを作っていて、私自身が一番強く思ったのもそこでした」

――TPSというのはトヨタ生産方式のことですね。

「ええ。例えば性能を上げようとするならば、やはりドライバーのコメントを現場で聞くことが大切になる。クルマを降りたその瞬間に意見を聞いて、その場ですぐに改良するという『現地現物』の発想を徹底していかなければならないんです。

この『現地現物』というやり方は、原価を下げてクルマを開発していく作業でも何ら変わりません。部品を作っていただいている会社さんに本当に足しげく通って、(原価を下げていくための意見を)お聞きしていくことによって、初めていいクルマ作りができるようになってくるんです。

世間一般には原価低減というと、無理やり原価を下げさせるようなイメージがあると思うんですが、実際はまるで違っています。基本的には(部品会社の方と)一緒に現場で原価を作りこんでいく作業なんですね。

現にGRヤリスを開発する際には、大量生産で使う部品も一緒に検討する形になるので、RAV4の部品が安くなるようなケースもありました。
これもまた無理に原価を低減したんじゃなくて、無駄を省いた結果なんです。

トヨタ生産方式の中には「ムダ・ムリ・ムラを省く」という教えもあるんですが、その中のムダをとにかくそぎ落としていくことによって、部品会社さんもトヨタ自動車もみんながWin-Winの関係になることができたんですね。

これはTPSの根幹ですし、カローラやプリウスのような一般的なクルマの大量生産でも必ずやっていかなければならない作業です。その意味では、スポーツカーの開発だからといって、特別なことなど何もなかった。トヨタの昔からの哲学がそのまま活きたんです」