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 多くの伝統的な日本企業では高齢化が進み、社員の平均年齢が上がりつつあります。そこで大きな課題となっているのが中高年層から若年層へのノウハウ継承です。多くの企業は、今まさにベテラン社員の定年退職によるノウハウ消失の危機に直面しています。また、育成や指導におけるジェネレーションギャップも大きな課題です。先輩の背中を見て仕事を覚えた昭和世代と異なり、デジタルネイティブ世代は知識のリアルタイム共有や互いへの共感が考え方の基本にあります。昭和世代のノウハウを言語化、見える化することが、若い世代へのノウハウ継承に不可欠です。そこで今回は、人事の視点で捉えたノウハウ継承についてご紹介します。

成長のノウハウが失われた日本企業

 経済産業省が今年3月に発表した「変革の時代における人材競争力強化のための9つの提言」によれば、「世界各国の株式市場時価総額ランキング」のTOP10に、1989年時点で日本企業は7社ランクインしていました。それが2018年にはTOP100に唯一、トヨタ自動車だけが入っています(23位)。TOP10にはGAFA(ガーファ=Google、Amazon、Facebook、Appleのこと)と呼ばれる米国の新興企業が名を連ね、テンセントやアリババといった中国企業もランクインしています。かつて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれた日本企業は、なぜここまで落ちぶれてしまったのでしょうか。

 私の個人的な見解ですが、成果主義や90年代にブームが始まったMBA教育など、欧米的な制度を積極的に取り入れたことで、それまで日本企業を支えてきた”すりあわせ”の文化が失われたことが大きな要因だと考えています。かつての日本企業では、何かを生み出す際やトラブルが起きた際に、関係者で集まって知恵を出し合ってきました。一見非効率な方法ですが、思いがけない発見が打開策になったのも事実でしょう。

 GAFAを筆頭に世界的に行われる欧米的なマネジメントは、産業革命後にフレデリック・テイラーが提唱した「科学的管理法」に端を発し、効率化や見える化が重視されてきました。効率的な経営だけでは日本企業に勝てないと感じたアメリカ企業は、1980年代に日本企業が世界を席巻する中、日本の製造業の成功法則を研究していきました。その研究から「リーン開発(生産方式)」や「アジャイル開発」といった手法が生まれました。皮肉にも、この20年の間に欧米の真似をした日本企業は衰退し、日本企業の真似をしたアメリカ企業が現代を席巻しているのです。そしていま、日本企業からはかつての成長を支えたノウハウが失われつつあります。

企業を成長させるノウハウとは何か?

 そもそも「ノウハウ」とはいったい何なのでしょうか。小学館のデジタル大辞泉では、ノウハウは「ある専門的な技術やその蓄積」「技術競争の有力な手段となり得る情報・経験、また、それらを秘密にしておくこと」と記されています。つまり、ノウハウは単なる情報や公の技術ではなく「秘密にしておくこと」がノウハウだとされています。また、日本を代表する経営学者で、一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏は、日本企業が持つ知識観を「暗黙知」と表現しました。野中氏は著書『知識創造企業』の中で、「黙知は単なる技術的な側面であるノウハウだけでなく、思いや知覚といった人の認知的なものも含まれる」と定義しています。つまり、人がどう世の中を感じるか、という物事の捉え方と技術的なノウハウが融合することが「暗黙知」なのです。

 普段、私たちは仕事のなかで何か部下や後輩が困っていた際に、ついテクニックやツールの使い方だけを伝えがちです。しかし、それらを使いこなすためには考え方や物事の捉え方も必要となります。例えば、部下にやり方を教えたのにイメージ通りの仕上がりにならなかったことは誰もが経験したことがあるのではないでしょうか。

 このように、ノウハウを使いこなすにはノウハウを持っている人の考え方やイメージを知ることがとても重要なのです。