このようにして、候補の比較を繰り返し、稚魚の育成に最善な餌を絞り込んでいった。

 今後は、餌をいかに低コストなものに替えていくかが課題となる。

 「例えば、スジコオイルは消化吸収がよい反面、値段は通常の餌の3倍するので今後の工夫のしどころです。さらに、30キロや60キロぐらいまで効率よく育てるための餌の開発も課題ですね。大手企業も研究を進めていますが、養殖用人工配合飼料として完璧なものはまだありません」

「生命を相手にした技術は理論どおりにならない」

 より大きな課題もある。完全養殖技術の再現性の確保だ。

 近畿大学はクロマグロ完全養殖に成功した。だが、まったく同じ方法を他の組織が取り入れれば完全養殖できるかというと、そうとは限らないというのだ。

近畿大学水産研究所が養成したクロマグロの剥製。和歌山県白浜町の本部にて

 「これが不思議なところです。科学には、理論どおりにやれば必ずできるという再現性があるもの。しかし、生命を相手にした技術では理論どおりにはならない。計算機ではじき出すことのできない、経験や技術の要因があるのでしょう」

 村田氏は、近畿大学だけが完全養殖を続けるような状況を望んでいるわけではないとも言う。

 「技術が広がっていく必要はあります。願わくば、養殖の原魚となるヨコワを100%、完全養殖で用意したい。大手企業などにも参画していただいて、日本のマグロ養殖業全体がさらに伸びていくことを望んでいます。もちろん、近畿大学が常に技術面でリーダーであり続けることも望んでいます」

天然魚を超越する可能性もある

 人の嗜好とは移ろいやすいものだ。江戸時代前期まで、日本人はマグロのことを下品でまずい魚と見なしてきた。庶民が好んで味わうようになったのは江戸時代の終盤から。脂の乗ったトロに味わいを感じるようになったのは、戦後になってからだ。

 だとすれば、いつの日か「トロ至上主義」が終焉を迎える可能性もなくはない。さらに、人間の味覚や嗜好に対する研究が進めば、世代や地域によってマグロに対する好みが異なることも分かってくるかもしれない。