(写真はイメージです)

(廣末登・ノンフィクション作家)

 前回紹介した記事「シャブにまみれた女たち」の中に登場した車泥棒の女ボスについて、「なに、50人以上の男性子分を率いた女ボス!?」と、興味を持たれた方が居られると思う。実際、ギャングの女ボスというのは、洋の東西を見渡しても稀有である。珍しいものは、筆者も読者の皆様にご紹介したいという気持ちを抑えられないので、今回と次回、稿を割かせていただくことにする。

日本にも存在した「60セカンズ」

 昨年末から今年にかけて、新聞各紙が報じた車窃盗の記事を目にした方もあるかのではなかろうか。「レクサス・ランクルなど高級車を窃盗容疑 十数人を逮捕」(朝日新聞 2018年11月15日)、「ロシア人車窃盗団、被害2億5千万円 特殊機器で起動」(産経新聞 2018年12月6日)、「自動車盗の新手口『リレーアタック』スマートキー悪用」(朝日新聞 2019年1月21日)などなど。警察庁によると、平成29年における自動車盗の認知件数は1万213件に上るという。自動車泥棒とセキュリティは、いつの時代もイタチごっこである。

 筆者がヤクザ取材の中で知り合った女ボスの亜弓さん(仮名)は、車窃盗団の大先輩といえる存在である。最初に逮捕された28歳の時、盗んだとされる車は76台。本人いわく「見えていない車がこの3倍はあった」とのこと。

 昨今は、リレーアタックなど電波を使うハイテクな窃盗スタイルが主流であるが、彼女の場合はアナログな目寸(メッスン=眼で鍵のピンの間隔を測る)であり、それも窃盗の現場で、生鍵からヤスリで削り出す職人技。数分あればエンジンを始動させることができた。

「アメリカ映画に『60セカンズ』という作品がありましたが、あれは空想の世界ではありませんでした」と、亜弓さんはいう。

 その手口を聴き取るにつけ、人間の、自分が好きなコトへの執着や熟練とはオソロシイものだと、つくづく感じさせられた。まこと「好きこそものの上手なれ」である。彼女ほどの努力家で、集中力があり、人を、とりわけ「ワルの男たちを」まとめることができるマネジメント力があれば、いい大学にも行けたであろうし、望めばどのような職業でも就けたはずである。残念ながら、生まれた時代、場所、そして何より生育環境が、亜弓さんを窃盗団の女ボスへの道を歩ませたのではないかと思う。