ロシア、平和条約協議は「北方領土の自動的引き渡し意味せず」

択捉島(2016年12月12日撮影、資料写真)。(c)ANDREY KOVALENKO / AFP〔AFPBB News

 『外交青書』は、日本外交の基本方針を示す極めて重要な文書です。これに『防衛白書』を合わせた2つの文書は、日本の外交安全保障政策・戦略を内外に宣言し、政策遂行の透明性を高めていく大事な外交ツールでもあります。その『外交青書』の記述が、わが国の主権を放棄するかのように変更されたのです。さらに言うなら、「北方四島は日本に帰属する」という文言を削除したということは、これまで「北方四島が日本に帰属する」と言い続けてきた歴代政権が、あたかも誤った主張をしてきたかのような印象を内外に与えてしまう可能性を排除できません。

 しかも、あの文言を削除した理由について、国民への説明もないまま、いきなり『外交青書』が公表されてしまいました。手続き的にも疑問符が付きます。

ロシアはヤワな国家ではない

「北方四島は日本に帰属する」の文言を削除した背景には、ロシアに対して何らかのシグナルを送るという意図があったと言われています。しかし、この文言の削除によって、いったいロシア側にどんなシグナルを送ることになるのでしょうか。

 北方四島に関するこの記述は、『外交青書』の中でも重要な部分です。それだけに外務省の事務方が勝手に変更できるものでもありませんし、河野外務大臣の一存でできるものでもないでしょう。今回の削除は、間違いなく安倍官邸の意向を反映したものでしょうが、将来に禍根を残す大失策だと考えます。なぜなら、一度削ったものを元に戻すのは容易ではありません。戻そうとすれば、その理由が必要になり、日露間に無用の摩擦を生じてしまうのです。

 アメリカ、中国、ロシアといった大国は、良くも悪くも「力がすべて」です。力を信奉している国に対して、自ら譲歩したり、妥協したり、遠慮したりすれば、付け込まれるだけです。「日本はそんなに譲ってくれたのか。じゃあその誠意のお返しにこちらも少し妥協を・・・」などという発想は、大国にはまったくありません。これがリアル・ポリティックスの世界です。そんなことは「リアリスト」である安倍総理は百も承知のはずなのですが、どうしたことでしょうか。

 いったい安倍総理は中国やロシア、北朝鮮に対してどこまで譲歩しようとしているのでしょうか。これでは日本の国益を損ねることになりかねません。もちろん、国益は中長期的に捉えるべきものです。常に長期的な戦略的利益を念頭に置いて、短期的な利害得失に一喜一憂したり、先ほど論じたように一貫性に拘泥し過ぎたりして国際社会全体の潮流を見失ってはいけません。

 したがって、これまで安倍総理が外国に対して一見弱腰に見える妥協的な態度を見せても、私は「より大きな戦略的利益のために妥協が必要な場面もあるのだろう」という思いで観察してきました。例えば、2015年の日韓慰安婦合意などはその典型です。安倍総理を取り巻く保守層は韓国との慰安婦合意にはそもそも批判的でした。多くは、たとえ妥協しても韓国からの外交的見返りなど期待できないと考えていました。しかし、当時の安倍総理の視線の先には韓国ではなく中国の動向がありました。当時はちょうど、中露が韓国を取り込み、さらにはアメリカを誘い込んで「歴史問題」で日本を孤立化させようと試みている真っ最中でした。慰安婦問題での妥協は、中韓に楔を打ち込む効果を狙ったものでした。