極めつけは、今月6日に飛び出した安倍総理の「前提条件なしに金委員長と会談する」という発言でしょう。これまで「拉致問題の解決なくして国交正常化なし」とあくまでも北朝鮮による拉致問題解決こそが先決との立場を堅持してきたにもかかわらず、今後はそういう前提を撤回するというのですから、誰が見ても大転換。ずばり言えば、大幅譲歩です。しかも、そのような政策転換を行った理由について、国会でも、対外的にも、きちんとした説明はなされていません。
実は日本政府が「最大限の圧力」路線を盛んに称揚していた時期ですら、日本には、国連の「制裁逃れ」が疑われる北朝鮮の船がかなり頻繁に寄港していました。私は昨年11月、衆院安全保障委員会で、韓国ですら入港禁止にしている北朝鮮の貨物船が、日本に60回以上も寄港している問題について外務省や国交省に質しました。この韓国の船はロシア経由で石炭を輸出し、外貨を稼いでいる可能性が高い、と国連安保理の北朝鮮制裁に関する専門家パネルで懸念が再三指摘されているにもかかわらず、日本は漫然と放置しているのです。私が安全保障員会で指摘した後も状況は何ら変わっていません。
一方で、日本政府は、海上自衛隊が従事する洋上における「瀬取り」の監視活動を、「国連制裁の徹底履行」の証左として盛んにその成果を強調していますが、何ともちぐはぐな対応と言わざるを得ません。
もちろん、「中曽根外交4原則」にあるように、外交は時流を的確に捉えて国益を促進する術ですから、半島情勢をめぐる戦略環境を決定づけるアメリカと北朝鮮との関係が変化すれば、それに応じて外交姿勢も変化させねばなりません。一貫性だけを追求して戦争に突入したり緊張を高めたりなどというのは愚の骨頂です。米朝雪解けに対しては、アメリカ向けのICBMのみを規制したり、未だに大量に残る核や通常戦力の脅威に対する抑止力を低下させるような政策(例えば、米韓合同軍事演習を中止したり、大量破壊兵器開発につながる外貨稼ぎ阻止のための国連制裁を緩和したり)には明確にNOを突き付けつつ、戦略環境の変化を的確に捉えて懸案の拉致問題の解決に向けて水面下の工作を加速させることが肝要です。その際に、北朝鮮政策の一部を転換することに躊躇の必要はない。惜しむらくは、政府からそのような丁寧な説明が一切ないことです。
米中「新冷戦」のさなかに「日中協調」へシフトチェンジ
安倍外交の変質を示す第二点は、対中国の関係です。
まずアメリカは、2017年12月に公表した『国家安全保障戦略』で「中国やロシアなどは、技術、宣伝および強制力を用い、アメリカの国益や価値観と対極にある世界を形成しようとする修正主義勢力である」と批判し、協調路線から戦略的競争路線へとシフトしました。これは、歴史的な転換ともいうべきもので、この報告書を皮切りにトランプ政権の対中政策は加速度的に硬化していきます。翌年の8月には、ファーウェイをはじめとする中国のハイテク企業5社をアメリカの政府調達から排除し、二次、三次サプライヤー(日本企業も当然入る)まで取引を規制する「2019年国防授権法」を成立させ、10月4日、ついにペンス副大統領がワシントンで「冷戦布告」ともいうべき演説を行いました。その間に、対中追加制裁関税は2500億ドルに膨れ上がり、まさしく米中「新冷戦」とまでいわれるような事態に至っています。