それに対して安倍総理は、昨年10月に北京を訪問し、「競争から協調へ」とアメリカの対中姿勢とは真逆のメッセージを出したのです。この訪中では、日本から財界人も大勢引率して、まさしく中国側の歓心を「爆買い」するかのようでした。

新たな「協力関係」で足並みそろえる日本と中国

日中第三国市場協力フォーラムであいさつする安倍首相(2018年10月26日撮影)。(c)CNS/劉震〔AFPBB News

 そして、あれほど参加に難色を示していた一帯一路構想についても、「全面的に賛成ではないが、適正融資による対象国の財政健全性、プロジェクトの開放性、透明性、経済性の4条件があるならば、協力していく」と大幅な歩み寄りの姿勢を示したのです。

 アメリカとの関係が険悪になった中国が日本にすり寄ってくるのは外交の世界では十分想定できることですから、日本としてはそういう時こそ、これまで中国側が日本の意に反してやってきたことについて、きちんと主張すべき絶好のタイミングであるはずです。例えば、尖閣諸島周辺海域への執拗な侵犯行為はやめてもらう。本稿執筆時点ですでに46日連続(史上最長)で中国海警船舶数隻が尖閣沖の接続水域に侵入しています。対応にあたる我が国海保の巡視船は日夜厳しい状況にさらされています。こういう挑発行為を止めさせるのが、日中友好の基本ではないでしょうか。また、東シナ海のガス油田をめぐる2008年の日中合意を誠実に履行することや、2016年の国際仲裁裁判所の裁定に従い、南シナ海の人工島を放棄し周辺環境の原状回復を求めたらどうでしょうか。さらに、米中間の関税報復合戦に参戦しないまでも、先端技術の強制移転や政府補助金による企業買収、ハッキングによる企業秘密や国防情報の窃取など、日米共通の課題である中国の歪んだ経済慣行を正すよう求めるべきでしょう。

 しかし安倍総理はそういう態度を一切取りませんでした。この時期に、敢えて「競争から協調へ」と舵を切り、中国側にその代価を一切求めませんでした。これがアメリカや国際社会から見て「米中関係が悪くなった隙を突いて、日本は漁夫の利を狙いに行こう」的な行動に映るとすれば、国際的な威信にもかかわります。

外交青書より「北方四島は日本に帰属」の記述を削除

 このように安倍外交への疑念が膨らんでいる中でダメ押し的に出てきたのが、対ロシア外交での変質です。

 安倍総理は、ロシア問題にはことのほか熱心に取り組んできました。「戦後70年も経っているのに、日露間に平和条約がないのは異常だ。なんとしても自分の在任中に平和条約を締結したい」という主旨の発言を何度も繰り返してきました。

 政治家として成し遂げる目標を明確に持つことは大切なことです。が、それが成果を急ぎ「前のめり」になることには注意を要します。外交は、焦った方が負け。期限を区切ってしまえば、その期間内に成果を出そうという焦りを相手に見透かされ、妥協に妥協を重ねざるを得なくなるからです。

 そうした中で明るみに出たのが、『外交青書』問題です。令和元年度版の『外交青書』から、戦後一貫して堅持されてきた「北方四島は日本に帰属する」という重要な記述が削除されたのです。