(文:首藤 淳哉)
作者:清武 英利
出版社:講談社
発売日:2017-07-26
「二課の花はサンズイ」と言われる。警視庁捜査二課は、汚職や詐欺、横領、背任、選挙違反などを摘発する部署だ。「サンズイ」は汚職の「汚」のサンズイに由来する隠語で、ゴンベン(詐欺)やギョウヨコ(業務上横領)などに比べ事件の格が一段上とされる。二課の刑事にとって、汚職事件の摘発は、命がけで成し遂げたい悲願である。
『石つぶて 警視庁二課刑事の残したもの』は、警視庁創設以来初めてといっていい巨大な事件に立ち向かった刑事たちの活躍を描くノンフィクション。「石つぶて」とは、小さな石ころを意味し、転じて価値のないもののたとえにも使われるが、本書に登場する無名の刑事たちの奮闘ぶりは、眩い輝きを放って読者の心に強い印象を残す。
特殊な職場、捜査二課
警視庁創設以来、二課が手がけた事件の中で、もっとも複雑かつ巨大な事件。それは外務省内閣官房報償費流用事件、いわゆる「機密費」流用事件だ。
発端はささやかな内部告発だった。外務省に出入りする業者から、九州・沖縄サミットで使われる物品納入に関して、不正があるのではないかという情報がもたらされたのだ。それまで過去3回にわたって東京で開かれたサミットの予算額は最大でも15億円だったが、初の地方開催となる2000年の九州・沖縄サミットは、約815億円という桁外れの予算がついた。外務省の職員でさえ「使い切れない」というほどの予算である。当然のことながら水面下ではサミット特需を狙った業者の争奪戦が繰り広げられていた。
外務省ではサミットの裏方の一切をノンキャリア職員が取り仕切っていた。「ロジスティックス(logistics)」、通称「ロジ」と呼ばれる後方支援的な業務である。要人一行の出入国手続きから会場準備、車両や宿泊施設の手配など多岐に渡る業務はすべてノンキャリの領分だった。