1990年代から、先進各国はテレビ放送のデジタル化に取り組んでおり、筆者は米国のケースについて15年近く調査・研究を行ってきた。日本も2011年の完全デジタル化を目指しているが、一足先に米国では2009年2月17日をもって完了する。つまり、来年早々に米国では現在の地上アナログ放送が見られなくなるのだ。そのタイミングは米国最大のスポーツイベントで、驚異的な視聴率を弾きだす「スーパーボウル」の放送後になる。移行への道のりは平坦ではなく、曲折もあったが、先に全米のトップを切ってノースカロライナ州ウィルミントンでアナログ放送が停止された。

デジタル化急ぐ米ローカル局(ワシントン州シアトル)

デジタル化急ぐ米ローカル局(ワシントン州シアトル)

 米国は放送、ケーブルテレビ、電信・電話、そしてデータコミュニケーションに関わる法的枠組みとなる法律を60年ぶりに改正し、1996年通信法を制定。この中に、デジタル放送への移行を明確に打ちだした。同法では従来のアナログ放送電波に加え、新たにデジタル放送のための電波が既存の放送事業者に割り当てられた。つまり、放送局にアナログ放送とデジタル放送の同時実施を課したのだ。

 アナログ、デジタル同時実施で課題となるのは、アナログ放送の番組と新たに割り当てられたデジタル放送の番組をどのように編成するか。そこで考えられたのが、アナログ放送と同一の番組をデジタルチャンネルでも放送する、サイマル放送の実施であった。

その際、既存のテレビ局に新たに割り当てられたデジタル放送用の電波は、一般的にアナログ放送終了後もそのまま使用されると見込まれ、アナログ放送用の電波はデジタル放送への移行が完了次第、国に返還することとなった。

電波帯を「更地」にして競売

 改正通信法が成立した1996年の時代状況として、ビル・クリントン、アル・ゴアの正副大統領が積極的な経済政策を打ちだしていた点を指摘したい。中でも、インフォメーション・スーパーハイウエー構想により、インターネットメディア分野への関心が高まり、2000年のIT(情報技術)バブル崩壊まではネット関連ベンチャー企業への積極的な投資ブームが続いていた。その一方で、財政赤字は膨らむばかり。連邦政府は赤字解消に向け、国民に負担を強いる増税ではない手段で新たな歳入チャンネルをつくれないかと頭を悩ませていた。

 そこで目をつけたのが、デジタル化後のテレビ局の電波利用。米国では放送用電波の利用があまり効率的に行われていなかった。建設業になぞらえれば、戸建住宅を整然と建てて、効率的に収益を上げるニュータウン開発が行われていなかったのだ。

 つまり、デジタル放送化と同時に、従来のアナログ放送でうまく活用されていなかった電波スペースを整理し、効率を高めることを目指したのだ。無駄の多い土地を一気に更地にして再開発を行うイメージである。米政府は、デジタル化に伴い放送局が返還したアナログ電波は携帯電話事業者などが利用すると見込んでおり、その際の「電波オークション」で最大限の歳入を国家に呼び込むことが企図された。

利害調整の難航で延期

 しかし、このプランにはいくつもの障害が立ちはだかっていた。デジタル放送へ移行するテレビ放送事業者テレビに視聴者を巻き込んだ国家的な大プロジェクトは、複雑なパズルを一つひとつ解いていく作業と似ており、関連団体との利害調整には予想以上の時間がかかった。

 1998年秋に本格的な地上デジタル放送への移行を始めた際、米政府が当初目指した完了時期は2006年末。しかし、あまりに移行ピッチが鈍く、米連邦議会は猶予期間をもたせることを決定し、最終的に2009年2月までに延期されたのだ。

 2008年9月8日、ノースカロライナ州ウィルミントンの放送市場で、全米に先駆けてアナログ放送が停止された。米連邦通信委員会(FCC)は同月10日、アナログ放送停止の初日に797件、2日目は424件の問い合わせがあったと発表した。アナログ停止前の周知・広報を積極的に行い、成功事例として評価できるとしているが、少し時間をかけて見極めたいと思う。