日本銀行の黒田東彦総裁は4月30日の記者会見で、2%のインフレ目標が実現できるという強い自信を示し、現在の3.6%という完全失業率は「構造失業率に近づいているか、ほぼ等しい」と述べた。構造的失業率というのは、経済学では自然失業率と呼ばれる。これは安定して維持できる失業率という意味だが、それに等しい状態で中央銀行が金融緩和を続けるのは奇妙な話だ。
例えばアメリカの完全失業率は6.3%で、自然失業率とされる6%よりまだ高いが、ジャネット・イエレン議長は量的緩和を縮小する出口戦略を表明した。それはFRB(連邦準備制度理事会)の設定した6.5%という失業率目標を下回ったからだ。黒田総裁のお得意の「世界標準」で言えば、自然失業率に達したのなら量的緩和はやめるのが常識である。
人手不足なのに実質賃金は下がる
世の中では、失業どころか人手不足が深刻になっている。特にひどいのが、建設業と飲食業だ。建設の場合は震災復興の影響で雇用が東北に集中した一時的な現象だが、飲食の人手不足は構造的だ。牛丼チェーン「すき家」では人手不足で100店以上が休業に追い込まれ、居酒屋チェーン「和民」も60店を閉店する見通しだ。
有効求人倍率は1.07倍と需給は均衡しているが、一部の産業で人手不足が起こるのは、求職側とのミスマッチが原因だ。職種別で見ると、一般事務の求人倍率は0.28倍と大幅に雇用が不足しているのに、接客・給仕は2.64倍、建築・土木は3.97倍と大幅な人手不足で、業種間の差が大きい。
雇用形態別でも、正社員が余っているのに対して、パートは人手不足だ。労働条件の悪い外食や建設の非正社員より、正社員の事務職を探す人が多いのだろう。自然失業率というのはそういう「ジョブサーチ」をしている労働者の率だから、金融緩和しても下がらない。
もう1つの原因は、円安とエネルギー価格の上昇で輸入インフレになり、実質賃金が下がったことだ。3月の名目賃金(現金給与)は前年比0.7%上がったが、実体経済の状況を表わす実質賃金は-1.3%と下がり続けている。経済全体で見るとまだ需要不足だから、平均賃金は上がらないのだ。
他方、黒田総裁の誇るように消費者物価指数(CPI)は上がっている。日銀の指標とするコアCPI(生鮮食品を除く総合)は3月は前年比1.3%の上昇だが、そこからエネルギーを除いたコアコアCPIは0.7%だ。この差がエネルギー価格だから、コアCPIのほぼ半分が原油価格や電気代の値上げによる悪いインフレだ。
その結果、外食産業でも値上げが相次いでいる。消費税の増税にまぎれているので分かりにくいが、消費者庁の調べによると、4月1日から税抜き価格も0.1%上がった。時給が同じで価格が上がると、店の利益が増える。それが「デフレ脱却」の目的なのだ。