1979年にメルトダウン事故を起こしたアメリカ・ペンシルベニア州のスリーマイル島原発事故からの現地取材報告を続ける。
前回に引き続き、被曝による健康被害の疫学調査をしたノースカロライナ大学のスティーブ・ウィング教授のインタビューを書く。教授は「原発事故に起因する健康被害はない」「健康被害は心理的ストレスが原因」というコロンビア大学の調査に疑問を持ち、同じデータを使って再研究をした。その結果「原発からの放射性物質の雲(プルーム)が流れた方向と、肺がんの増加率には関連性がある」と結論づけた。同じデータを使っても、政府や電力会社が公表した放射性物質の放出量を前提にするかしないかで、まったく正反対の結論が出た。ウィング教授は「科学的調査といえども完全に客観的な調査はありえない」と話す。その結果は、今後明らかになるであろう福島第一原発事故の健康被害調査の方向性を考える上で、大きな示唆に富んでいる。
高線量被曝シナリオはなぜ外されたのか
──コロンビア大学の疫学調査にはどのような誤りがあったのですか?
「コロンビア大学の調査は非常によく考えて設計されていた。しかし、いくつか誤りがありました。裁判所の命令の影響が大きすぎるのです」
──「裁判官が高い被曝線量のワーストケースシナリオを考慮しないように命令した」とウィング教授の論文(前回を参照)に記載されていますね。
「それです。ですから、コロンビア大学の調査は高い被曝線量の前提を除外している。そのシナリオで言えたはずのことを言っていない。さらに裁判所は、スリーマイル島原発を所有・運営していた電力産業が事故後につくった基金に、コロンビア大調査の資金を提供するよう命じている。つまり電力産業が資金を出した。裁判所によって調査にそのような制約が課されたのです」
──どうしてそうなったのですか?
「コロンビア大学は、健康被害の損害賠償訴訟の前に電力会社が訴えられた経済的被害の訴訟でも調査をしています。そのときの資金が続いて提供されました」
──コロンビア大学の調査はいつ行われ、いつ出版されたのですか。
「1985年までの病院の記録が出てきた後です。最初に出版されたのは1990年だと思います」
──なるほど。
「裁判官は陪審員がどの証拠を検討するかを決める段階で、私が提出した高線量被曝シナリオを除外した。しかしこの決定自体が、後に連邦最高裁で覆されています。高線量被曝シナリオも考慮すべきだ、と」
──裁判はどうなったのですか。