1979年にメルトダウン事故を起こしたスリーマイル島原発からの現地取材報告を続ける。電力会社の情報の出し渋り、行政対応の混乱、住民避難の失敗、報道の混乱と無力など、34年前に起きた現象が、私が取材してきた福島第一原発事故とそっくりであることを報告してきた。
今週からしばらく、今回の取材の本題である「住民の健康被害」と、それを調査した「疫学調査」、それへの補償をめぐる「訴訟」について書いていく。事故から34年が経過し「健康被害」「訴訟」など福島第一原発事故でも今後最も深刻な議論になるはずである論点について、TMI原発周辺では結論が出ているからである。筆者がTMI原発の現地に通い続けて取材しているのも、こうした「TMIの現在はフクシマの未来ではないのか」と推論しているからである。
「各論」に入る前に全体の俯瞰図を説明しておく。
・連邦政府・州政府・電力会社は「TMI原発事故での放射性物質の放出はごくわずかで、周辺住民の健康への影響はなかった」という立場を崩していない。
・しかし住民たちは「近隣でガン死など放射性物質の影響が増えている」と感じている。
・政府の調査結果に疑問を持つ住民が、ボランティアで戸別訪問をして聞き取り調査をした。健康被害が増えているという結論を出した。住民の多くは「知り合いや近所でガン死などの健康被害が増えた」と「生活実感」のレベルで感じている。
・疫学の専門家による大規模な調査は3グループ(コロンビア大学、ペンシルベニア州立大学、サウスカロライナ州立大学)が実施した。その結論は「健康への影響は認められなかった」(コロンビア大)から「影響はあるが、結論を出すにはまだ時間が必要」(ペンシルベニア州大)「健康への影響があった」(サウスカロライナ州立大学)までばらばらに分裂した。
・2000人を超える住民が電力会社を相手取って訴訟を起こした。「健康被害はあった」「なかった」と双方が疫学調査をもとに論戦を戦わせた。両者は対立したまま結論は出なかった。裁判官は疫学者の鑑定を証拠採用しないことに決めた。裁判は「原発事故と健康被害の因果関係」という「本論」を避けたまま尻すぼみになり、2006年までにすべてが終結した。住民側の勝訴は1件もない。
・疲弊した住民の多くは判決ではなく法廷外の和解を選んだ。事故後6年経った1985年に一斉に和解が結ばれた。電力会社から多い場合は100万ドル(1億円)レベルの和解金が支払われた。しかし電力会社は原発事故との因果関係は認めないままである。守秘条項が和解内容に付けられ、和解金の金額を含めて内容は秘密にされた。地元紙がまとめたところでは和解金総額は約390万ドル(390億円)。提訴した住民の多くは沈黙し健康被害の全容が明らかになることはなかった。
原発事故から5年後にがん発症
「お話をする前に、ちょっと近所をご案内しましょう」
そう言うと、ヘレン・ホッカーさんは家を出て歩き始めた。87歳とは思えない軽やかな足取りだった。健康維持のために、近所を散歩することが日課なのだという。住宅地のゆるやかな坂道を上って、丘の頂上を目指した。