前篇の「フランスの最高勲章を受賞した“落ちこぼれ”俳優」では、世の中を、そして自分自身をしっかりと見つめ続けてきた笈田ヨシの生活観、人間観について紹介した。後篇は、本業の舞台について尋ねたことを綴る。ビジネスと創造性との関連性や、東日本大震災についてのコメントも聞けて興味深かった。

演技するときの緊張や不安――舞台で奇跡が起きることを毎回願う

 名優の笈田は映画やテレビドラマでも演じてきたが、やはり中心的な活躍の場は舞台だ。

 舞台はやり直しが利かないし、観客がいて場の雰囲気も映画などの撮影現場とは違う。どんな名優も舞台で演じるときはプレッシャーを感じるものとよく聞くが、笈田もそうなのだろうか。

 「たしかに若いときにはドキドキしましたね。上手に演技ができるか自信がないとか、成功させようという気負いとか、お客さんによく思われたいという期待とか、いろいろな感情が自然とわいてきたからです。でも今はそういった意味での緊張、不安、心配はもうないです。

笈田ヨシ。演出を手がけた『Sang de Cerisiers 桜の血』は、東日本大震災をテーマにした劇。11月に南仏オバーニュにて公演予定(撮影:Mamoru Sakamoto)

 年齢を重ねると、自分がどれだけできるかできないかということが分かってくる。稽古を重ね、経験を積んで、自分ができるのはここまでと自分を認めるようになります。お客さんにいい印象を与えようと、自分以上の何者かに見せかけようとは思わなくなります。

 とはいえ、今も舞台に上がるときは緊張や不安は随分ありますね。舞台というのは非論理的な世界なんです。役者がその日の体調や心の状態、目の前にいるお客さんにまったく影響されない安定した空間ではないのです。

 緊張というのはこういうことです。例えば独り芝居『禅問答』は僕とお客さんとのかけあいで進んでいきます。普通の論理では考えられない、解答が決まっていない公案という質問(禅宗の修行者が悟りを開くために用いる質問)をお客さんに問いかけて、お客さんの数人にその人なりの意見を言ってもらいます。

 この反応が国によって全然違うんです。同じ国でも町によって全然違う。それから、僕は同じ場所を何度も訪れたことがあるけれど、時期や時代によってもまた違ってくる。

 そういう違いを経験しているので、今日のお客さんの意見にサッと応答できるかなという緊張感があります。これは若いときの自信がないというのとは別で、お客さんとの関係を築くことに心が向いている中での緊張です」