TBS系列で放送されたドラマ「半沢直樹」が、大人気のうちに終わった。まるでリアリティがないのでほとんど見なかったが、ツイッターで「つまらない」と書いたら山のように反論が来て驚いた。
多くの視聴者は銀行の実務や不良債権の実態なんて知らないから、上司に「倍返し」で復讐する半沢はサラリーマンの憧れなのかもしれない。しかし気になったのは、登場人物がみんな内向きで、社内の人間関係しか関心を持っていないことだ。
今も受け継がれる銀行の隠蔽体質
池井戸潤氏の原作(『オレたちバブル入行組』など)は、作者の銀行員としての経験を踏まえて書かれているので、ドラマほど荒唐無稽ではないが、気になったのは税務署や金融庁から不良債権を隠すことが正義のように描かれていることだ。
もちろん小説としては、上司の背任の証拠を見つけて金融庁に渡したのでは物語にならないから、それを隠して上司に復讐するところに面白さがあるのだろうが、これは法的には証拠隠滅という犯罪である。
これで思い出したのが、かつて私がNHKで不良債権問題を取材したときの銀行の隠蔽体質だ。例えばイトマン事件は、山口組の企業舎弟がイトマンの常務になって3000億円以上の不正融資を行った大規模な犯罪だが、彼らがイトマンを食いつぶすまで表に出なかった。
その裏では「半沢」のように責任の押し付け合いがあったのだろう。銀行という閉ざされた世界では人事がすべてだから、背任や横領があっても、関連会社に「飛ばし」たり補填したりして隠し、自分の社内での地位を守ろうとする。
こういう極端に内向きの銀行の行動が、1990年代の不良債権問題を長期化させ、結果的に損失を拡大したのだが、池井戸氏の世代にまでその体質は受け継がれているのだろうか。