水が印象的だった。早川の流れは早く、透き通っている。その流れを下に見ながら、クネクネと這うような身延往還*にも旅人を癒やす水が湧いている。木の幹を割った桶にトマトが冷えていた。

*日蓮宗の総本山「身延山」と修験の山「七面山」を結ぶ巡礼の道

赤い屋根と緑の木々。「赤沢」は麓からは想像のつかない天空都市だった(撮影:筆者、以下同)

清流の先に、宝の山

 「おそらく、この集落発祥の場所ですね」。ガイドの人が指差した水神様。湧き水が涼しげだ。

 麓から杉並木を10分。大きな赤色の屋根が見える。山梨県早川町「赤沢」地区に着いた。「赤沢書宿展」と揮毫された垂れ幕が風に靡く。

 「ここの建物は京風なんです」

 昔は「講」と言った団体ツアーを引き受け、繁栄した旅館「清水屋」をリノベートした会場。障子を開け放った向こうに七面山を借景にした「墨」作品が圧巻である。

 谷を渡る風が気持ちよい。

雨畑硯を彫る

 赤沢から山を下り川沿いをしばらく行くと、昭和初期まで「硯島」と言った「雨畑」地区がある。昔の名のとおり「硯」で有名だ。

 ノミをスッと入れるだけで剥がれるという粘板岩。フォッサマグナが南北に走る南アルプスが良質な硯の原石を産み出す。

 「硯作りの職人は、いまでは1人しかおりません」

 雨畑硯の工房「硯匠庵」でガイドの人に聞く。同行した書家の方が、日中友好条約以降、安いのが中国から入ってきたのよ、なんてことをつぶやいてる。