縁あって、フランスの古城で能を観る機会を得た。

 しかも演じるのは観世流宗家観世清和師、梅若玄祥師。ともに重要無形文化財、つまり当世最高峰の出演者によるもので、一般財団法人フェール城桜協会の主催である。

夏の夜、フランスの古城に能舞台が出現

能フェスティバルの会場になったフェール城(Château de Fère)中世の城の遺構を残しつつ、手前のほうの建物が現在では5つ星ホテル、レストランになっている(写真提供:フェール城)

 財団の名前にもなっているフェール城は、シャンパーニュ地方の玄関口とも言えるエーヌ県、パリから東に車で1時間半ほどのところに位置している。

 なだらかな丘陵地帯の広大な敷地に、12世紀から16世紀にかけて建てられた城。いわゆる本丸部分は現存していないが、荒城のありさまそのものがなんとも壮観である。

 今回の公演のため特別に創られた能舞台は、まさに強者どもが夢の跡から役者たちが登場するような格好で橋懸りを設け、城の庭にそびえる松を意匠として生かすという粋な趣向。

 演目は、『翁』『融』『羽衣』『土蜘蛛』。これらが7月8日、9日の2夜にかけて上演された。

 夏の夜の能と言えば、薪能を思い浮かべるが、フランスの夏の夜はなかなか暮れず、いつまでも昼のように明るい。

 だから、宵闇に浮かぶ幽玄とはいかない。そのかわり、木々を渡る風と、小鳥のさえずりが聞こえ、ゆっくり城の陰に傾きながら朱を濃くしてゆく陽の光という自然の演出がつく。

敷地内から見た、城の遺構(筆者撮影、以下同)
「三保の松原」のある静岡から特別に運ばれた竹を使って、舞台がつくられた