今回、日本に帰ってきてひどくびっくりしたのは、デパートの盛況だ。この前までデパートはガラガラで、お客よりも店員の数のほうが多かった。

 婦人服のフロアに足を踏み入れても、手持無沙汰にしている店員の視線に追われ、しかも、「いらっしゃいませ、いかがでしょうか」と次々と声が掛かるのでリラックスできず、かえって長居はできないという悪循環になっていた。

 客のいないデパートは、ガラガラのレストランと同じで居心地が悪い。それが今ではどの売り場も混雑し、しかも、高いハンドバッグやら腕時計のところまで人が群がっているのだからスゴイ!

黒田日銀の「緩和時代」到来、称賛の一方で懐疑的な声も

日本銀行の大胆な金融緩和策発表後、円安が進んだ〔AFPBB News

 聞いてみると、賑わっているのはデパートだけではないらしい。ある人は、「ここ数年、新幹線のグリーン車の隣の席に人が来ることは少なかったが、今日は満席に近かった」と言ったし、老舗デパートでは外商の売り上げが伸びているという。

 そういえば、私がデパートを覗いてびっくりした後で訪れたレストランは、6時半から大入り満員だった。それも平日の話だ。

 消費が伸びるのは結構なことだ。それにしても、この賑わいがすべてアベノミクスの効用?

 まだ前宣伝だけなのに、すでに人々の表情が明るく、お金を使っている。心理的効果というのはこういうものかと、つくづく思う。私たちはそれほど円高に苦しんでいたのだろう。

ユーロ導入は強い旧西独マルクをやっかんだフランスの策略?

 1980年代、マルク高に悩んでいたのは、実はドイツであった。他の通貨が弱すぎたということもあるが、マルクが上がると、ヨーロッパだけでなく、米国への輸出も滞った。輸出大国としては由々しき事態であったが、しかし西ドイツは金融緩和はしなかった。

 1920年代にハイパーインフレで苦しんだドイツは、インフレに対するトラウマがある。恐怖感と嫌悪感の入り混じったような感情だ。連邦銀行も、インフレを防ぐことを自らの天命のように思っている。

 というわけで、当時の西ドイツマルクは常に強かったが、ただ、西ドイツ製品はそれでも売れた。企業が海外へ逃避する時代でもなかった。他の国が、通貨切り下げなどで対処してくれたこともあっただろうが、いずれにしてもドイツ人は、メイド・イン・ジャーマニーに絶大な自信を持っていた。

 しかしそれは、慢性のインフレで苦しんでいた南欧にしてみれば、自国の経済の首根っこをドイツの連邦銀行に押さえられていたようなものだった。