今年も新年度がスタートした。通勤途上で真新しい制服の学生や新卒の社会人を見かけると、不思議と杉並区の小学校の教育現場で新学年を迎えている先生たちのことが胸をよぎる。

 私は、2009年春に杉並師範館の塾長補佐を拝命し、2年間杉並区の小学校教師の養成プロジェクトに携わった。

地域密着型の教師を養成する杉並区の画期的な取り組み

 杉並師範館とは、杉並区が区立小学校の教員を独自に育成し採用するために設立された組織である。2006年4月に開塾し、2011年3月に閉塾するまでの5年間に百二十余名が卒塾し、杉並区の教員として採用された。

 現在、公立小中学校教員は各都道府県が採用する制度となっており、人事権も都道府県の教育委員会にある。杉並区はそれとは別枠で教員を独自採用することにより人事権を杉並区で掌握できるようにした。

 文部科学省は地域全体で学校教育を支援するため、学校と地域との連携強化を重視している。しかし、公立学校の教師は数年に1回の間隔で都道府県内の異なる地域の学校の間を異動するローテーションが組まれているため、1つの地域に長年勤務するケースはごく稀である。

 このため、教師の側に特定地域に対する愛着が生まれにくく、学校と地域との連携体制構築と言われても難しいのが実情である。

 そこで杉並区では、杉並区から他地域に異動しない教師を任用できるようにすることを目指し、区民の税金を使って独自の教員採用に踏み切った。当時の山田宏区長の強力なリーダーシップと杉並区教育委員会及び杉並師範館関係者の献身的な努力の積み重ねがあって初めて実現した画期的な事業である。

 数倍の選抜試験の難関を突破して入塾試験に合格した塾生は、4月に入塾してからの1年間、主に週末に杉並師範館に通い、「気高い精神と卓越した指導力をもった人間力豊かな教師」となることを目指す。

 田口佳史先生の中国古典の講義を学びの中心に据え、三重野康・元日銀総裁、小林陽太郎・元富士ゼロックス会長、今道友信・東大名誉教授など日本を代表する各界の錚々たる有識者を師範館の講師にお招きし、人間としての生き方などを説いていただくという非常に贅沢なメニューだった。

 外部講師は殆どがボランティアである。杉並区立小学校の教育現場第一線からも多くの先生方が実践的指導に来てくださった。

 夏には合宿を実施し、1学期を振り返り自分自身を見つめ直したほか、共同作業を通じて塾生相互間の連帯感を高めた。また、区の清掃局の清掃車に一日乗り込んで生ごみ回収を実体験したほか、公衆トイレの清掃などを通じて感謝の気持ちを学んだ。