まるで何をやっても(やらなくても)上手くいくのが、いまの安倍政権のようだ。スポーツ選手が「ゾーンにはまる」という表現をすることがある。集中力が極限にまで高まった時、雑音や雑念から解放された状態とでも言うのか。
アベノミクスは、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の3つの柱からなっている。個別に言うと、2%のインフレ目標や日銀による無制限の金融緩和、国土強靭化ということでの公共事業の追加需要などとなる。要するに、民主党政権がやろうとした財政再建最優先や「コンクリートから人へ」の逆張りである。
何かが具体的に動き出したわけではない。それでも株価は上昇し、円高は大きく是正された。高度に発達した資本主義というものが、マインドによって大きく左右されることをこれほど鮮やかに示したことはないのではないか。
正規社員の賃上げだけでは不十分
だが、いつまでもマインドだけではもたないことも安倍晋三首相も分かっているのだろう。2月12日、安倍首相は日本経団連、経済同友会、日本商工会議所の経済3団体トップとの会談で、デフレ脱却に向けて「業績が改善している企業は、報酬の引き上げを行うなどの取り組みをぜひ検討してもらいたい」と要請した。
3月1日には、麻生太郎財務相も米倉弘昌経団連会長らと会談を行い、「経済の成長は政府・日銀の話だけではない。労働分配率を考えてもらわないと消費は絶対に伸びない」と述べ、賃上げを求めた。
かつての自民党政権時代、政官財の癒着がしばしば問題にされた。実際、自民党は財界から巨額の政治献金を受け取ってきた。その財界に対し、今回ほどあからさまに賃上げを要請したのは、自民党政権としては史上初めてのことではないのか。このことは大いに評価したい。GDPの6割を占めるのが個人消費であり、賃上げはデフレ脱却に不可欠だからだ。
この要請に応え、ローソンが3500人の正社員の賃上げを表明したのに続き、セブン&アイ・ホールディングスがイトーヨーカ堂、そごう、西武など傘下54社5万3500人の賃上げを表明した。
だが、内実を見ると喜んでばかりはおれない。ローソンが賃上げするというのは、わずか3500人の正社員だけであり、圧倒的多数派の18万5000人に上る非正規労働者は対象外だからだ。またセブン&アイHDも、この間、劇的に正社員を減らしてきた。その意味では、デフレを長引かせてきた一因を作ってきた企業でもあるからだ。