大使に就任する場合、丹羽氏は伊藤忠商事を退社し、外務省は従前のルールに従って厳しい情報管制を敷くから、大使として知り得た情報が出身会社に筒抜けになる恐れは少ない。

だが中堅商社マンは「大使の任期中に丹羽さんが培う人的ネットワークが脅威です。5年後、確実に差がつきますよ」と指摘。「ただでさえ伊藤忠は中国で断トツの実績があるのに」と懸念する。大手商社幹部も言う。「わが社は大国の大使の交代が決まると、新大使の出発前に一席設けるのが慣例なんだけど、丹羽さんの歓送会はしないな」
財界長老も「従来ならこうした人事は、まず政権与党側から財界に事前に打診があり、人選を協議したうえで根回しをしてから表沙汰になるものだ。経済界に禍根を残す人事を何の相談もなく頭越しに政治主導でやられては」と不快感を示す。
外務省のチャイナスクールからは反発も

じつは商社出身の民間大使はそう珍しくはない。現在もアフリカ西部のブルキナファソに丸紅出身の杉浦勉氏、アフリカ南部のボツワナに三井物産出身の松山良一氏、ブルガリアにも伊藤忠出身の竹田恆治氏と3人が赴任中だし、すでに任期は終えているが、かつてはバーレーン大使も伊藤忠出身で元道路公団総裁の近藤剛氏が、ニューヨーク総領事(大使級)も三菱商事の桜井本篤氏が務めていた。
しかし、アフリカや東欧の小国とは違い、駐中国大使は大役だ。外務省内の序列でも、国連、米国、英国、ロシアと並ぶ5本の指に入る重要職で、これまでは事務次官経験者やそれに準じたキャリアが占めてきた。いわば外務省のチャイナスクール(中国語研修組)憧れの上がりポストだ。反発は当然大きい。
しかも日中間の懸案は経済問題だけではない。中国は東シナ海でミサイル駆逐艦や艦船ヘリを通じた威嚇行動を繰り返しているし、5月末の日中首脳会談の合意を受け、東シナ海ガス田の条約締結交渉が加速する見通しだ。これら国益に直結する案件で「民間大使」がきちんとノーと言えるのか、不安視する声も少なくない。
丹羽氏自身は「大使が何もかもやれるわけではない。日本の官僚は一流だ。彼らを使いこなしてこそ大使なのではないか」と語っているのだが──。