北米報知 2013年1月1日1号

 日系初の連邦議員として米国政界、全米日系社会をけん引してきたダニエル・イノウエ上院議員が12月17日に死去した。88歳。各メディアもトップ扱いで報じ、日系社会のみならず、オバマ大統領はじめ政界有力者らが哀悼表明を発し、存在の大きさが改めて認識された。

 当地との縁も深く、シアトルでは戦場をともにした二世の友人らとの再会を楽しむ「素顔のダニエル・イノウエ」が見られた。

友人と再会楽しみ シアトルで見せた素顔

2012年の米日カウンシルで一堂に会した日米要人。左から藤崎一郎前駐米大使、故ダニエル・イノウエ上院議員、ノーマン・ミネタ元運輸、商務長官

 シアトル市内の二世復員軍人会(NVC)記念会館に建つ日系人記念壁にイノウエ議員の名前が彫られたレンガがある。長年の友人だったカシノ一家によって、功績と長年来の友人関係を讃えて埋め込まれたものだ。  

 二世のルイーズ・カシノさんは、「シアトルで友人と会するときは、イノウエ上院議員でなく、普段の日系二世として接していました」と振り返る。

 夫のシロウさんは生前、イノウエ議員の親友だった。「まるで永遠に生きている方のようでしたので、大変寂しい思いです」

 米上院原住民問題の委員会に携わり、公私にわたりノースウエストをたびたび訪問。第二次世界大戦で欧州戦線で戦った第442連隊戦闘団、特にE中隊の戦友との再会は欠かさなかった。

 同隊に所属したジョージ・イワサキさん(87) は、訪問時に空港への送迎を担った。今でも思い出すエピソードがあるという。NVCが催した食事会の席でステーキを食さず、出席者との会話を楽しむイノウエ議員の姿を見たときのことだ。

 「食事でナイフを使えない」――。右腕を失う意味を改めて痛感した。以来、イワサキさんは関係者に静かに伝え続けている。華やかなホテルの食事より、暖かな家族雰囲気の食事会。箸を使う日本食。地元日本食料理店、イワサキさんら友人宅で暖かく出迎え、戦友らとの昔話を弾ませる素顔のイノウエ議員には笑顔があふれた。

 イワサキさんのアルバムには1990年ころに自宅で撮った写真がある。イノウエ上院議員、イワサキさんら9名の戦友が写る。多くがすでに死去した。