白川方明日銀総裁は5月31日、日本記者クラブで「日本経済とイノベーション」と題した講演を行った。マスコミの報道によると、講演後の質疑応答では、「デフレ脱却のため日銀はインフレ目標を導入すべき」とする主張に対し、率直な言い回しで反論を加えていたようである。次のような発言が伝えられた(共同通信、時事通信、NQNなどの報道から引用)。
「インフレターゲティングをめぐる様々な議論について不幸なことだと思っているのは、必ずしも欧米で議論されている意味合いでは日本では使われていないということだ。私の理解するところ、欧米で議論されているインフレターゲティングは、金融政策を説明していくための枠組みだ。したがってインフレターゲティングを採用することで、何かが実現できる、インフレ率が上がるとか下がるとかではなく、金融政策を説明していくための1つの枠組みだ。金融政策を運営する枠組みという面からすれば、この制度を採用していると言っている国も、採用していない国も、実は似通ってきている」
「往々にして、インフレターゲティングの議論は、日銀がバランスシートを拡張すればデフレから脱却し、インフレ率は上がるという前提に立っている。しかし、日本の量的緩和もそうだったし、現在の欧米もそうだが、中銀のバランスシートは非常に拡大した。しかし、今の米国もそうだが、インフレ率は着実に低下している。したがって、バランスシートを拡大すれば物価が直ちに上昇するものではない」
「どういうふうにすれば物価上昇率が上がっていくのかだが、2つのことの合わせ技だ。1つは、中央銀行が粘り強く現在の金融緩和政策を続けていくという努力。もう1つは、経済全体が先行きの成長に自信が持てないという状態が続いているわけなので、どうやって成長力を高めていくか。こうしたことの合わせ技だ」
「インフレターゲティングについて、その背後にある金融政策の考え方をしっかり説明していくことが大事という点では私もまったく同感だ。現在日銀が採用している枠組みは、インフレターゲティングの長所を取り込み、短所を克服した、進化した仕組みだと自負している」
また、やはり質疑応答の中で、成長基盤強化を支援する政策の導入に動いている日銀を批判する声に対し、白川総裁は、「ある意味で『ないものねだり』というか、これをやればただちに解決するというものを出せと言われているような感じもする」との感想を述べていた。個別の企業や産業への資源配分には直接関わらないようにするなどいくつかの注意点をクリアした上で、できる範囲ぎりぎりのスキームを打ち出そうとしている白川総裁としては、「ないものねだり」という表現で、「では、批判されている方々は具体的に何を提言できるのか」と言いたかったのだろう。