国語の教科書にも作品が載っている詩人、谷川俊太郎(80歳)の名を知らない人はいないだろう。子どもから大人まで絶大な人気を誇る谷川の作品は、いろいろな言語に翻訳されていてヨーロッパでも人気がある。

 谷川は今春、ドイツ語圏で詩集『Sprechendes Wasser』(話す水)を出版した。本詩集のほか、谷川の詩をドイツ語に訳してきたスイス人日本文学者のエドゥアルド・クロッペンシュタイン(74歳、専門:日本文学、日本の演劇)に、谷川の魅力や日本の詩について聞くことができた(文中敬称略)。

谷川俊太郎は稀有な存在――詩は、日本文学の中で注目すべき分野

エドゥアルド・クロッペンシュタイン名誉教授。チューリヒ大学日本学の研究室にて。深沢七郎の『楢山節考』を日本文学の傑作だと語る。同書はドイツ語でも重版され(『Narayama-bushiko』)、いまも大好評だ(写真:最後の写真を除いてすべて筆者撮影)

 クロッペンシュタインは谷川の詩選集『地球へのピクニック』を編んだり、詩集『minimal』や『クレーの天使』を翻訳したり、大岡信ほかの日本の詩人の作品を研究、分析したりして、日本の現代詩を学問的立場から追究している(研究実績については、こちらから)。

 谷川は、なぜ国境を超えても人気があるのだろうか。クロッペンシュタインは説明する。

 「谷川さんは、言葉を選んで、とても分かりやすく表現します。けれども詩の内容を見ると非常に奥が深いです。人間の生き方というものは日本でもヨーロッパでも基本的には変わりません。だから、こちらの人たちも共感するのでしょう」

 「もう1つは彼の作品の多様性です。実験的なものもあれば、子どもの詩もあります。日本では戦後、言葉遊びのような自由な表現がタブー視されていた時期がありました。それが谷川さんによって、また認められるようになったのです。

 現代詩の多くは現実を憂い、現状を批判したものが多いのですが、谷川さんの詩にはそれがあまりありません。彼は陽気で、若いころから生きることに対して積極的で、そういう開放性や作品の多様性は外国の人たちに受け入れられやすいと思います」

 こちらの書店に並んでいる日本の小説、随筆や詩集の数は、以前に比べ増えてはきているが、まだまだ少ない。

スイスの書店に並ぶ、クロッペンシュタイン名誉教授がドイツ語に訳した谷崎潤一郎のエッセイ集3巻『Lob des Schattens』『Lob der Meisterschaft』『Liebe und Sinnlichkeit

 「それぞれの詩人はそれぞれの持ち味を持っているので、日本の詩も多様です。でも谷川さんのような才能を持つ詩人は、なかなかいないと言っていいでしょう。

 日本文学は世界の文学の一分野ですが、谷川さんの作品や連詩の人気で日本の詩は世界的に注目されるようになりました。日本文学といえば詩を思い浮かべるヨーロッパ人も少なくありません」

 源氏物語といった古典や井原西鶴などの江戸時代の作品、俳句や能といった日本固有の文化、谷崎潤一郎や芥川龍之介等の文学は1950~60年代の時点で既にヨーロッパでも有名だったというが、現代詩への関心もここまで高まっているのだ。

ドイツを中心に、連詩の会をオーガナイズ

 連詩とは、複数の参加者(詩人)が1つの詩から連想される詩を交互に作っていく詩の形態だ。日本に古くからある連歌から発展したものである。

 前の詩と次の詩が個性的であると同時にうまくつながっていることが前提だが、しっかりとした筋道があるわけではない。