理事会における決定が全会一致ではなく賛成多数になった、欧州中央銀行(ECB)・ユーロ圏各国中銀による国債買い入れについて、最後まで反対姿勢を崩さなかったのはドイツ連銀ウェーバー総裁1人ではなかった、と独紙が伝えている(他の反対者にはドイツ人のシュタルク理事が含まれていたのではないかと推測される)。原理原則に忠実であろうとする傾向が強いドイツ人には、従来のECBのスタンスとの整合性、ECBのバランスシート劣化懸念、ECBの政府からの独立性への疑念など、様々な角度からECBの信認に傷が付くのが避けられない国債買い入れの突然の決定は、承服しかねるものだったのだろう。
5月10日の国債買い入れ決定と即日の実行開始後、ECBの理事会メンバーたちは、市場の内外で出ているECBに対する様々な懸念・疑念を打ち消すべく、メッセージ発信を強化している。トリシェECB総裁は、以下のように述べている。
「複数の国で深刻な問題が持ち上がり、われわれの金融政策に疑問が生じた。銀行はわれわれの問題ではない。問題は、欧州の金融政策の正常な機能を維持することだ」
「いずれの商業銀行からも1通の書簡も受け取っていない」
(5月11日 独テレビ局インタビュー)
「それが同じ危機だというわけではないが、緊張が続いている。われわれは最初、2007年に金融の動揺に直面した。続いて2008年半ばには、危機が深刻化して世界中の民間部門に打撃を与えた。そして現在、各国政府の信用力が疑問視される状況に陥っており、われわれは適切な決定を下している」
「われわれは、変更されていない金融政策が正常に作動し、正常に適用されるように、とても異常に機能している市場を、正常な状態に戻すことを決定した」
「われわれは金融政策を変更したわけではない。(債券市場への)介入を通して供給されるすべての流動性は除去されるだろう。われわれは紙幣を増刷しているわけではない」
「私はユーロに非常に自信を持っている。ユーロが疑問視されているのではない。疑問視されているのは、ユーロ圏内の異なる政府によって運営されている政策だ」
(以上、5月12日 仏ラジオ局インタビュー)
「われわれが実施しているのは量的緩和ではない」
「追加供給している流動性はすべて吸収する意向だ」
「われわれは(各国政府から)命令を受けていない。むしろその逆だ」
(以上、5月12日 仏テレビ局インタビュー)
このほか、シュタルクECB理事は5月13日の独テレビ局インタビューで、「ECBは市場に供給する過剰流動性を吸収することを決めている。これは決定的な点だ。インフレリスクにつながることがあってはならない」と発言した。歴史的経緯からインフレリスクに敏感なドイツの世論を強く意識した上での発言だろう。また、その後の独紙インタビューでシュタルク理事は、「われわれは(通貨統合参加国が経済を改革するまでの)時間を稼いだだけだ。それ以上のものではない」とも語っている。
トリシェECB総裁らは今後も、ユーロ圏諸国の国債市場で買い介入を実施していることを、市場機能の正常化を狙った緊急対応措置として正当化し続けるだろう。ギリシャやポルトガルといった、いわゆるユーロ圏周辺諸国の国債市場については、流動性がこのところ極端に低下しているものと推測される。したがって、当局による介入措置の効果を維持し続けるのは比較的容易であろう。それら諸国の国債の売り方向での市場の動きが影を潜めれば、ECB・ユーロ圏諸国中銀が実際に国債を買い入れる額は結果的にそう大きくならずに済むだろうという思惑も、トリシェ総裁らの心中にはあると考えられる。
ここで、筆者が重要だと考えるポイントは、すでにリポートで伝えた通り(5月11日作成「ユーロ圏中銀が国債買い入れ開始」参照)、ユーロ圏の政策当局者が防衛しようと全力を傾注しているのは、あくまでも欧州通貨統合という「制度」であり、ユーロという統一通貨の特定の「水準」ではないということである。