ここで本題に入るが、このシューズは世界の製造業界に新風を巻き起こす可能性を秘めている。というのも、前述したエアペガサスなどは20世紀型の靴製造の王道をいくシューズで、何十枚ものパーツで縫製されていた。
それは新興国の低賃金労働を使って利益を上げるビジネスモデルだ。今でもナイキのシューズ製造のうち、96%までを中国、ベトナム、インドネシア3国に頼っている。
賃金の安い国で製造する必要がなくなる
ところが「フライニット」の登場は、コンピューターが駆使されているため新興国に任せる構図ではない。縫製の必要がなければ低賃金労働も必要ない。製造工場を閉鎖して労賃を浮かせ、利益率を上げられる。
しかも21世紀の課題である「環境にやさしい」経営という点でもプラスだ。
これまで何枚ものパーツを作るためには、無駄な布地が大量に出ていた。しかし1本の糸で編み上げられれば無駄を省ける。さらなる利点として、中国をはじめとするアジア諸国で製造された商品を米国に輸出する必要がなくなる。
近年、企業によってはアジアの製造工場から米国内に住む顧客に直接商品を配送するシステムが確立されつつあったが、それさえもいらなくなる。むしろ製造工場を米国にUターンさせるチャンスさえある。
労賃が上昇している中国から他国へという製造の波は今、本国へのUターンというオプションとともに、米製造業の再生にも寄与する機会を生み出す。
もう1つ注目すべき点は、なぜこの新商品が生まれ出たのかということだ。ナイキは約40年もランナーとともにシューズを作り続けてきた歴史を持つ。プロのランナーから常に要望が寄せられる。その中に「靴下のようなシューズができないか」というものがあった。
米ナイキのマイク・パーカー最高経営責任者(CEO)がその課題を全面的にサポート。というのも同氏は1979年、靴のデザイナーとしてナイキに入社した現場を知る人間。ニットでシューズを作るという実現できるか分からないプロジェクトも積極的に推した。
そしてコンピュータープログラマー、エンジニア、デザイナーがチームを作り、「フライニット」を完成させる。そこには過去何十年と培ってきたパーツを縫製するという靴製造の「基礎中の基礎を破棄する」という逆転の発想があった。