国際通貨基金(IMF)のチーフエコノミストであるブランシャール氏ら3名が共同で執筆した論文「マクロ経済政策を再考する(Rethinking Macroeconomic Policy)」が、12日に発表された。金融危機が徐々に解消してきた現在、各種の経済政策について考察し、問題提起を試みている。
ブランシャール氏らは、今回の金融危機がもたらした悪いニュースは、マクロ経済政策が多数の目標を持たなければならないことが明らかになったことであり、良いニュースは、われわれが非伝統的な金融政策手段から財政政策手段、規制手段まで、数多くの手段を持っているのを思い出させてくれたことだ、とした。ただし、どの目標にどの政策を割り当てればよいかという点が確立するまでには時間がかかるだろう、という。例えば、資産価格やリスクテイクの問題では、金融政策は単独ではその活用・効果に限界があるので、規制政策と組み合わせることが有効となる。財政政策については、危機対応で出動する余地を平常時に大きくしておくため、自動安定化装置の改善が重要となる。
ブランシャール氏らはさらに、巨大な負のショックが起こり得ることを示した今回の危機は金融セクターからもたらされたが、将来はほかのところから、例えば伝染病の流行や、経済の中心地に対する大規模なテロ攻撃の影響からもたらされ得る、とした。その上で、そうしたショックへの対応として金融政策の発動余地を大きくしておくために、政策担当者は平常時に、現在の主流である2%よりも高いインフレ率、例えば4%を目標にしておくべきではないか、という問題提起がなされた。これは、今回の危機で主要国の政策金利がゼロ制約に直面してしまい、より大幅な金利の引き下げを行うことができなかった結果、財政政策の大規模出動に頼らざるを得なくなり、財政赤字が大幅増加したことを念頭に置いた上での話である。名目金利のゼロ制約はコストが高いことが確認されており、仮に、より高い平均インフレ率、したがってより高い名目金利で危機対応がスタートしていれば、より大幅な金利引き下げを実行することによって、生産落ち込みや財政事情悪化の度合いがおそらく緩和されたのではないか、というのである。
ブランシャール氏は、インフレ目標やテイラールールによって金融政策は以前に比べるとサイエンスに近づいてはいるが、単純でしかも堅固なルールに基づいた金融政策運営は実現していないので、それはなおサイエンスからは非常に遠いところにある、という主張を展開したことがある(1月26日作成「金融政策はアートである」参照)。今回の論文における問題提起は、大きな危機が発生した場合に金融政策がゼロ制約に直面してしまうことは、財政赤字膨張・政府債務累増を通じて国民経済に多大なコストを負担させることになるので、それよりは平常時に4%といった高めのインフレを中央銀行が許容することの方が、結果的にコストが小さくなるのではないか、という考え方に基づいている(この場合、政策金利は2%のインフレ率を目標にする場合よりも低い水準にとどめられる一方、市場の期待インフレ率は高まるので長期金利は高めになり、イールドカーブはスティープ化すると考えられる。ただし、財政の拡張度合いが制約されやすくなるという見方に立てば、財政面のリスクプレミアムは縮小する可能性がある)。端的に言えば、財政悪化と高めのインフレ率はどちらがましか、という議論である。