恋愛小説の名手、高樹のぶ子氏による初めての恋愛エッセイである。タイトルは『うまくいかないのが恋』。タイトルだけを見ると、多くの男性ビジネスパーソンは「自分には縁のない話」だと思うかもしれない。だが、その先入観は誤りだ。本書に通底するのは「源氏物語」の世界観。決して恋愛だけにとどまらない、生き方そのものの話なのである。 (聞き手は鶴岡弘之)

── 全編を通して恋愛の様々な局面が語られています。でもよく読むと、決して恋愛に悩む女性だけに向けたメッセージではありませんね。

高樹 のぶ子(たかぎ・のぶこ)
1946年山口県防府市生まれ。山口県立防府高等学校、東京女子大学短期大学部教育学 科卒業後、出版社勤務を経て、80年「その細き道」を「文学界」に発表。創作活動を 始める。84年「光抱く友よ」で芥川賞、99年「透光の樹」で谷崎潤一郎賞を受賞。 『マイマイ新子』『百年の予言』など著書多数。日本経済新聞朝刊に恋愛小説「甘苦 上海」を連載中 (写真:LiVE ONE)

高樹 今、日本は景気が落ち込んでいるし、社会情勢も厳しいですよね。でも、それに負けて閉じこもってしまったらお終いだというメッセージです。

 恋愛を例に取ると、相手の気持ちを確かめられずに、ずるずると時間だけが過ぎていってしまうということがよくあります。そういう時は、うまくいかないのを人のせいにしたりしてしまう。でも、ちょっと勇気を出せばいいことなんですよ。生きている時間は限られているんだから、時間をもっと有効に使うべき。

 男女関係だけではありません。人生のすべての局面で、あとちょっと勇気を出せば状況が大きく変わることってありますよね。この本で伝えたかったのはダメもと精神なんです。『うまくいかないのが恋』というタイトルになっていますが、恋だけじゃありません。うまくいかないのが人生なんですよ。どんな人だってうまくいかないものを抱えている。人生は元々そういうものだと思えば、ダメもと精神で何事にもチャレンジできるじゃないですか。

 だから若い女性だけに向けて書いたんじゃないんです。女性はもちろん、男性ビジネスパーソンにだって読んでほしい。

──ダメもと精神の土台となる価値観、哲学の説明に「源氏物語」を引き合いに出しています。

うまくいかないのが恋』高樹のぶ子著、幻冬舎、880円(税別)

高樹 今年は源氏物語が登場してからちょうど1000年目ということもあって、関連イベントに呼ばれたり、源氏物語に触れる機会が多かったんです。改めて読み直してみたんですけど、やはりすごいことが書いてあるなあと思いましたね。

 源氏物語には「飽かず悲し」という言葉が出てきます。源氏は、表面上は望むものすべてを手に入れた。それなのに満たされない。常に不満、不全感を抱えている。一時的に満たされても、すぐに不全感を感じてしまうんですよ。

 この飽かず悲しという感情を持つことは、人生においてすごく大切なことだと思います。思うに任せぬことは、人生から決してなくなりません。だからといってそれから逃げるんじゃなくて、永遠に不全と戦いながら不全を抱えたまま死んでいくのが人間の生き方だと思うんです。