年々夏が長くなるように感じさせる酷暑もようやく一段落して、実りの秋を迎えた10月の日本。モータースポーツの世界でも「日本グランプリ」のタイトルを冠したビッグイベントが続いた。

9月30日~10月2日にツインリンクもてぎで開催されたMoto GP「日本グランプリ」。エンジン排気量などが異なる3つのクラスが行われる中での花形、最高峰のMoto GPクラスのスタートシーン。結局、日本渡航を拒否したライダーはこのクラスにはいなかった。(写真提供:本田技研工業)

 10月初めにはモーターサイクルロードレース(サーキットを周回するレース)の最高峰、「Moto GP」がツインリンクもてぎで、次の週にはヨーロッパ型の4輪サーキットレースの最高峰と言われている「F1」が鈴鹿サーキットで、立て続けに開催されたのである。

 数百キロメートルを隔てた関東圏と中部圏とはいえ、2週連続で、しかも1つの企業(モビリティランド)が経営するサーキットで、世界最高峰を掲げるレースイベントが開催されるというのは、いささか異例の事態ではある。

 もともとMoto GPは4月22~24日でスケジューリングされていたのだ。もちろん3月11日に東日本大震災が起こり、ツインリンクもてぎのコースもダメージを受けたために、急遽、延期を決め、年間18ラウンドの世界各地転戦の中でスケジュールに空きがあり、オーストラリア、マレーシアと太平洋地域の転戦が続くこの時期に移したのだった。

 F1の方は当初から10月開催で、シンガポールから日本、そして韓国、インドと転戦する日程が組まれている。

「日本に行きたくない」の一点張りだったトップライダーたち

 この華やかな国際スポーツビジネスが繰り広げられる裏側で、ある騒動が起こっていた。当然のように日本の一般メディアではまったく取り上げられることがないまま、その主役たちは日本を訪れ、去っていったのだが。

 特に騒動が大きくなったのはMoto GPの方である。今年の日本GPが「中止」ではなく「延期開催」で、その日程が決まったあたりから、ライダーたちが「放射能が怖いから日本には行かない」と言い出したのである。

 特にケイシー・ストーナー(ホンダ・ワークスチーム所属。結局、2011年の年間チャンピオンを獲得)、ホルヘ・ロレンゾ(ヤマハ・ワークスチーム所属。2010年のチャンピオン)、バレンティーノ・ロッシ(ホンダ、ヤマハでチャンピオン獲得。今はイタリアのドゥカティ・ワークスチーム所属)といった、このスポーツの頂点に立つ面々が、「怖いから」「日本には行かない」と言い立てたのである。