世界中に衝撃を与えた9.11同時多発テロ事件から10年。バラク・オバマ米国大統領は、「戦争の10年から平和の未来へ」と追悼式典で語った。しかし、もはやメディアが伝えることに飽きてしまったアフガニスタンやイラクの地はいまだ戦いに明け暮れている。
キリスト、イスラム教徒への理解が薄っぺらな日本人
アルカイダという広範なるネットワークを築き上げたテロリストとの絶望的な戦いは、カリスマ指導者ウサマ・ビンラディンの死をもってしても終息する気配はない。この10年で世界はすっかりいびつな形へと変わってしまったのである。
そんな状況下にあっても、いまだ日本のメディアが伝える宗教に関する情報は薄っぺらなものに終始しており、以前はびこっていたキリスト教一辺倒の情報ではなくなったものの、全く頼りにならない。
とは言え、日本のムスリム人口はせいぜい10万人、クリスチャンにしたところで全人口の1%程度。
信徒から直接意見を聞くチャンスにも恵まれず、個人的に勉強しようという意欲などあるはずもない一般的日本人は、結局そうした情報に依存することになってしまい、世界の変化を実感できずにいるようだ。
では、紛争の火元「キリスト教国家」米国はどうなのかと言うと、それぞれの立場での主張があって統計にバラツキはあるが、ムスリム人口はだいたい1%強のようで、日本よりはるかに多いのだが、英仏に比べるとずっと少数派。
イスラム教を理解する機会に恵まれない米国の田舎町
それもニューヨーク州やカリフォルニア州などの大都市圏に集中しているから、地方に住む人々は、やっぱりイスラム教というものを実感する機会は少ない。
そうなると、全くの無関心となるか、何らかの情報を鵜呑みにするかどちらかになってしまう。
こうした地域の多くは、もともと保守的な空気に包まれており、生活の変化を好まない傾向にあるが、そんな田舎町に大都市シカゴから転校してきた高校生の物語が大ヒットダンスムービー『フットルース』(1984)。
公序良俗のためダンスやロックを禁止する条例がある街を舞台にしていて、それを決めたのが牧師であるところがミソ。我々にはとても1980年代の話とは思えない設定なのだが、実のところ、米国ではこんな街は珍しくない。