10月27日、空席だった日銀副総裁ポストに山口広秀理事が任命された。ねじれ国会で迷走を続けたこの人事は、蓋(ふた)を開ければ白川方明総裁の腹心が副総裁に昇格する結果となった。日銀マンにとっては「夢の正副コンビ」を戴く僥倖(ぎょうこう)だが、その表情は浮かない。

 人事とは対照的に肝心の金融政策は、世界的なバブル崩壊で量的緩和に後戻りしかねない、大不運に見舞われているからだ。

  福井俊彦前総裁の後任人事は紆余曲折を経たものの、日銀には棚ボタが続いた。白川氏は当初、総裁就任が確実視された武藤敏郎前副総裁(現大和総研理事長)を支える副総裁になる見通しだった。ところが、民主党が唐突に財務省出身者にアレルギー反応を示し、武藤氏を拒否。副総裁に任命された白川氏は、空席を埋める形で総裁に昇格した。

 政財界に太いパイプを持つ武藤氏は、日銀が強く望んだ総裁候補。総裁擁立が崩れた瞬間、日銀幹部らは「茫然自失となった」(複数の幹部)のが実情だ。その後、生え抜きの白川氏に総裁ポストが転がり込み、嬉しい誤算が生じた。本命総裁は失ったが、それを埋め合わせる以上の「漁夫の利」を得ることになった。

山口副総裁は「百万馬券」

 山口理事の副総裁昇格は棚ボタどころではない。「白川総裁」を当てるのが万馬券なら、「山口副総裁」は百万馬券に匹敵する。少なくとも1年前に予見するのは、「北京で蝶が羽ばたけばニューヨークで嵐が起きる」という複雑性のロジックを超える神の予知能力が必要だ。それほどの奇跡に近い。

  仮に日銀理事にも副総裁の芽があったとしよう。候補は、山口氏の同期ライバルである稲葉延雄理事(5月に退任、現リコー特別顧問)と堀井昭成理事(国際担当)。客観的に見て、山口氏の芽が一番小さかった。プリンス育ちではないし、抜群の英語力などがあるわけでもない。たった一つのメリットは、白川氏の腹心ということだ。

 プリンスは企画畑の長い稲葉氏で、昔から「将来の総裁候補」と言われてきた。堀井氏は英語の達人で、豊富な海外人脈を誇る。実際、速水優、福井俊彦など歴代総裁に重用されてきた。出遅れた山口氏が浮上する過程は、競馬の障害レースで先行馬が次々に脱落していく状況に似ている。

 プリンスの稲葉氏は福井前総裁に近かったが、肝心の福井氏は村上ファンドへの出資問題でつまずき、後任人事への影響力を無くした。堀井氏は日銀OBの塩崎恭久衆院議員と親しい間柄。安倍内閣では塩崎氏が官房長官となり、副総裁レースで優位に立ったかに見えたが、同内閣は突然の退陣。そして、学者や財務省OBなどの候補者は、ねじれ国会の下でことごとく跳ねられた。