日経新聞は29日朝刊で「日銀、利下げ検討」と1面トップで報じた(QUICK端末上では2:00配信)。

 記事には、「日銀は円高・株安など世界の金融市場の動揺で景気下振れ懸念が強まっているのを受け、政策金利を引き下げる検討に入った。無担保コール翌日物金利の誘導目標を現在の年0.5%から0.25%に引き下げる案が有力。31日に開く金融政策決定会合で協議、市場動向などを見極めながら最終決断する」「景気下支えのために金融緩和が必要との判断が急浮上した」「原油価格など商品相場が下落し、物価上昇圧力が薄らいでいることも利下げ検討の背景」と書かれている。

 記事中には「ただ一部の委員には早期利下げに慎重な意見もある」というくだりもあるが、そうした委員には、市場がタカ派と位置付けており、為替動向に即応した金融政策変更への慎重姿勢が持論の須田審議委員が含まれているものとみられる。

 この報道に対し、日銀の杉本芳浩政策広報担当総括は「ノーコメント」(10月29日 ブルームバーグ)。別の報道では、「関係筋」による情報として、31日の金融政策決定会合では「利下げを含めて検討する方向になった」ものの、「無担保コール翌日物の誘導水準が0.5%と低く、緩和効果が強いため、この先の景気動向によっては利下げによってかえって景気の振幅が大きくなるという副作用があることも日銀内では認識されている」「このため最近の金融市場の混乱が、景気の先行きにどのような影響を与えるのかを見極めて最終判断するとみられる」という(10月29日 ロイター)。

 報道された内容を吟味すると、日銀はほぼ間違いなく0.25%利下げ案を31日の決定会合で検討することになるが、最終決定に至るかどうかについては流動的な面が残っている、といったところだろう。

 山口副総裁が27日の就任会見で、明らかに利下げに否定的なコメントを発していたことと照らし合わせると、今回の報道は日銀サイドではなく、政府サイドが火元ではないかという推測ができる。日銀にフレンドリーな姿勢を以前から取っている与謝野経済財政担当相が28日の会見で、利下げについて、「経済効果はない」としながらも、「(利下げは)象徴的な意味は持っている。国際協調の重要な証を立てる意味では重要」と述べて、米欧中央銀行と足並みを揃えて利下げしてはどうかと暗に示唆したことも、そうした見方を補強する。

 政府は30日、麻生首相自らが会見して追加経済対策を発表する。これに合わせて日銀にも動いてほしいという意味で、政府が「日銀包囲網」づくりに動いている面もあろう。
ここで見落とせないのは、日経報道がすでにマーケットに、円安・株高の方向で影響を与えているという事実である。28日の欧米外為市場では、日経報道が材料になり、円安が急進行。ドル/円は98.50円、ユーロ/円は124.69円をつけた。29日早朝のオセアニア市場では、一時99円台、127円台へと、一段の円安が進んだ。

 また、シカゴマーカンタイル取引所(CME)の日経平均先物12月限は、一時8110円となり、前日比+1000円のストップ高。清算値も同水準となった(28日大証終値比+380円)。マーケットが一度織り込んだ0.25%利下げを実際には行わないという選択肢を、現実問題として日銀はとり得ない状況に追い込まれつつある感が強い。

 日銀プロパーの白川総裁を軸にした執行部としても、利下げに追い込まれつつあることは、少し前から認識していたに違いない。特に、日銀ではなく財務省が所管している為替政策の面で、大幅な円高に対してG7共同声明が出され、財務省が円売り単独介入実施で臨戦態勢に入ったとみられていることは、利下げに向けた「王手」がかかったに等しい状況である。さらに「大御所」福井前総裁が世界の経済金融状況の深刻さに言及していることも、日銀の意思決定に影響を与える面があるだろう。

 しかし筆者は、日銀がこのまま0.25%利下げに踏み切っても、世界的な金融危機や景気悪化という大枠の状況が根本的に変わるわけではないと、引き続き慎重に見ている。利下げに対する慎重姿勢を一貫して維持してきた日銀が、過去に何度もあった「急にハンドルを切る」政策変更に動いても、そのアナウンスメント効果には時限性がある。

 また、米欧英などが0.5%以上の幅で今後利下げしてくれば(そうなる可能性が非常に高い)、日本との政策金利差はむしろ縮小してしまう。ゼロ金利や量的緩和の効果疑問視・弊害重視が持論の白川総裁だけに、0.25%利下げ決定後にそのまま一直線にかつての量的緩和にまで逆戻りするということにはなるまい。すでに検討されている当座預金に金利を付ける措置を導入することによる「プラス金利下での量的緩和」が、ゴールになるだろう。

 世界的に利下げが続き、低水準で政策金利が収斂する流れの中で、円キャリー取引が急増して円安基調が定着するというシナリオの実現可能性は低いように見える。

 結局、日銀が利下げに動いても、為替の円売り単独介入と同じく、円高株安といった市場の一方向の急変動を抑制するための「スムージングオペ」的な措置、あるいは一種の「時間稼ぎ」という性格のものにとどまる。世界経済金融悪化の震源地である米国が、11月4日の大統領選終了後にどこまで踏み込んだ追加策をとってくるのかが、次の大きな焦点となる。