会自体は「またこのような勉強会が開ければ」という言葉で終わりましたが、結局、鳩山氏の在任中、こうした機会は二度とありませんでした。代わりに、合計13人の死刑確定者が、鳩山氏のサインで絞首刑を執行されました。
この事態を指して朝日新聞が「死神」と記し、さらに物議をかもしたのもご記憶の方が多いかと思います。
結局のところ、私も呼ばれたこの「勉強会」も1つの状況証拠のように読まれて「反対派の声も一応きちんと聞いた。そのうえで粛々と法を守ることにした」というアリバイになってしまった。
それまで死刑というものに関して持っていた、もっと距離感のあるイメージが、全く違ったものとして強く感じられないわけにはいきませんでした。
歴史上の「死刑」の実態
実のところ私自身、鳩山法務大臣の執務室で團藤先生のメッセージを代読しながら、しかし、本当にこれだけで十分な説得力を持つだろうか、と思ったのが、この「歴史的な経緯」、つまり「平安時代、日本では死刑は廃止されていた」のくだりでした。
そのあとこんなことになってしまい、どうしても気になりましたのでいくつか調べてみたのですが、史料に当たってみると、思うより生々しい実態が浮かび上がってきました。
なぜ平安時代に死刑を廃止したのか?
これは、当時の日本は律令体制下、京都の御所を中心とする政府が全国を支配していたはずです。
ここで改めて考えてみましょう。
「平安時代」とはいかなる時代か? 「奈良時代」と何が違うのか?
