さる8月、北京五輪の期間中、最も心配されたのは大気汚染だった。大気汚染を少しでも減らすため、北京周辺の工場は無理やり稼働を停止させられた。また市中の車の運行を減らすために、ナンバープレートが偶数か奇数かで乗り入れを制限するという規制も実施された。結果的に、五輪を無事に開催できた。しかし、いずれも一時的な措置であり、環境問題は根本的に解決したわけではない。事実、五輪の後、これらの規制が解除されると、大気汚染の深刻さは元に戻ったのである。
先進国がたどった道からも分かるように、経済キャッチアップの段階において経済成長と環境保全はまさにトレードオフの関係にある。中国も例外ではない。否、環境保全の市民運動が大幅に規制されている中国では、環境破壊はストップがかからないかもしれない。
低所得層のボトムアップが急務
胡錦濤政権が打ち出したもう1つの基本方針は「和諧社会」(調和の取れた社会)作りである。現在の中国社会は調和を取れていない。政府の発表でも、毎年集団的な暴動事件(1回の参加人数50人以上)が10万件発生していると言われている。
頻発する暴動を整理すれば、次のようないくつかのパターンに分類することができる。
第1に、出稼ぎ労働者が給与の不払いと遅配に抗議するケース。
第2に、農地を不正に収容された農民が、デベロッパーと地方政府に対して不満を爆発させるケース。
第3に、都市再開発を巡ってデベロッパーと住民が対立するケース。
第4に、一人っ子政策を徹底しようとする政府幹部の行き過ぎた行動に、住民が反発するケース、である。
それに加え、最近の不動産バブル崩壊も暴動の引き金となっている。以前、不動産を購入した住民が、売れ残り物件を値下げしたデベロッパーに対して不満を抱き、暴動化するというケースである。
実は、これらの暴動はいずれも中国社会における不信と長年蓄積されたストレスによるものである。例えば、売れ残りの不動産を値下げすることに合理性があるかどうかは、司法の判断に委ねるべきである。だが住民は司法と政府がデベロッパーに買収されているのではないかと疑い、自らの力で問題を解決しようとする傾向が強い。
共産党が抱える農村という爆弾
本来ならば、経済発展とともに、社会の道徳・倫理とモラルのレベルも平行して向上していくことが望ましい。そうすれば、中国社会は自ずと調和を取れるようになる。
ところが今の中国には問題がある。司法の独立性が確立されていないため、司法の公正性が認められていない(司法への信頼がない)のだ。結果的に、ちょっとしたことで中国社会は暴動が発生しがちになっている。
共産党は、火薬の匂いが強く漂う中国社会の不安定さを十分に認識している。さる10月12日に閉幕した中国共産党の第17期中央委員会・第3回全体会議(三中全会)では、「改革開放」政策の新たな目標として、農民の所得を2020年までに2008年の水準の倍にするという所得倍増目標を発表した。
これまでの30年間の「改革開放」政策によって最も取り残されてきたのは総人口の6割を占める農民である。現在、1億5000万人の農民は都市部に出稼ぎをしている。しかし、これらの都市部に在留する農民は、都市部の住民と同等の市民権を得ていない。
都市と農村の格差を固定化させているのは約50年前に導入された戸籍管理制度である。当初、三中全会で都市部と農村部の戸籍上の区別を撤廃すると噂されていた。だが、結果的に「二元化社会の一元化」という曖昧な表現にトーンダウンした。農民の所得倍増が目標通りに実現できるかどうかは極めて不透明な情勢である。
