ガラス張りの壁面が光り輝く、ゼネラル・モーターズ(GM)の本社超高層ビル。その真裏では商店やアパートが朽ち果て、時計の針は止まったまま。どこからか聞こえてくるのは、ハードロックバンド「KISS」のヒット曲。「You gotta lose your mind in Detroit Rock City・・・(ロックの街デトロイトでは、あんたも正気を失うよ・・・)」
1999~2004年の間、デトロイト(米ミシガン州)を取材で訪れるたび、ダウンタウンで「光と影」を観察した。ナンバーワンの座を明け渡すまいと、GM首脳はここに陣取って世界中の拠点へ指令を発する。天に向けてそびえる巨大円筒形のビルは、荒廃した周囲の環境と完全にミスマッチ。まるで現代版「バベルの塔」なのだ。
日本メーカーの台頭に伴い、自動車製造拠点としてはデトロイトの競争力が衰え、中心部のスラム化が加速した。半世紀にわたり自動車部品設計一筋の老人は重い口を開くと、「ビッグ3や部品大手は中国に出ていったが、うちは零細企業だから真似できない。医療保険の費用負担も重く、20人の従業員を5人まで減らした・・・」
この街で「部外者」は気を抜けない。ガソリンスタンドでは取材先の米企業幹部から、「突っ立っていてはいけない。(陰に隠れている)少年たちは銃を持っているぞ」と警告を受けた。「正気を失う」ような怪しい空気を至る所で感じる。
デトロイトという街は、ビッグ3とともに急いで走り過ぎたのかもしれない。もはや「光」を失い、「影」しか残らない。6月1日、GMは米連邦破産法11条の適用を申請、経営破綻した。「バベルの塔」は、やはり崩壊する運命だったのか。
消費者に「正札」貼り、GMは国家なり
アルフレッド・P・スローンはGMの初代CEO(最高経営責任者)として23年間(1923~46年)君臨し、1956年まで会長を務めた。マーケティングの天才であり、今日の自動車業界のビジネスモデルを確立した。
GMが設立された1908年、ライバルのフォード・モーターは大衆車「T型フォード」を発売し、同一車種の大量生産で驚異的なコストダウンを実現した。「自動車の世紀」の幕明けだ。しかしスローンが自動車史上に登場すると、フォードはGMの後塵を拝するようになる。
スローンは「消費社会においては、はじめこそ均一の量産製品に満足しているが、やがては他人と差のつく商品を求める機運が生れることに着目した」(折口透著『自動車の世紀』岩波新書)。
すなわち、シボレー、ポンティアック、オールズモビル、ビュイック、キャデラックといった各ブランドで構成する事業部制を、GMは最大の武器にする。顧客の財布と使用目的に合わせ、大衆車から高級車まであらゆる価格帯の車種を提供した。
それによって、米国の消費社会は劇的な変化を遂げた。乗っている車が、所有者のステータスシンボルとなり、折口氏は著書の中で「各個人は、いわば正札がつけられたことになる」と指摘している。
毎年のモデルチェンジや巨費を投じる広告・宣伝、金融子会社による分割払い制度、ディーラーのフランチャイズ化など、スローンは自動車需要を刺激する施策を立て続けに導入した。
こうしてGMは消費者に「正札」を貼りまくり、自動車業界で「世界最大」の地位を盤石にした。1960年代、GMは米国市場のシェア6割を握り、「GMは国家なり」と自他ともに認めるようになった。