精子減少症(現在は乏精子症)という診断が確定し、われわれ夫婦は人工授精を受けることになった。
医師に言われた通り、妻の排卵日に合わせて、精子を人為的に子宮内に注入する。成功の確率は3分の1。つまり3回人工授精をすれば、まず妊娠するわけで、そうなると1年後には子供が生まれる計算になる。
獲らぬ狸の皮算用そのままに、私は早くも妻が妊娠したような気になっていた。それというのも、妊娠を望む夫婦にとって、最も重要かつ困難なのが排卵日の特定だからだ。
精子は子宮内で約72時間活動できる。その間に卵巣から排出された卵子と出合えればいいが、タイミングが合わなければ受精は起こらない。それでは、どうすれば排卵日を特定できるのか。そのためにあるのが基礎体温表である。
女性の体温は1カ月が低温層と高温層に分かれている。月経から排卵日まで、体温は平均して低く、それに対して排卵の後、次の月経が来るまでは高くなる。低温層、高温層といっても、その差は0.5度ほどでしかない。しかし1目盛りが0.05度刻みの基礎体温表においては、一目瞭然の区分となって表れる。
ずっと下がったままだったグラフの線が、ある日を境に上昇に転じる。「レ」の字に折り曲がったその日こそが「排卵日」である。
ただし、体温の変化として表れた時にはすでに排卵は済んでおり、あわてて性交をしても間に合わない。過去のデータから月経の周期を割り出して、事前に排卵日を予測しておくのだが、月によって若干ズレることもある。