「古いワシントン・コンセンサスは終わった」
ブラウン英首相がステートメントを読み上げ始めた直後、この一言を発すると、記者会見場は静まりかえった。4月2日、ロンドンで開かれたG20金融サミット後の記者会見での出来事だ。
古い国際金融秩序の終焉、グローバリゼーションの退潮、市場原理主義の退場と国家経済統制の復権、中国をはじめ新興経済の台頭とG7体制の没落・・・。様々な「見出し」を頭にめぐらせながら、取材記者は会見場から自社のブースへ一目散。G20を報じる多くの記事の冒頭には、ブラウン首相のこのフレーズがセンセーショナルに踊った。
ところで、ブラウン首相が終焉を宣言した「ワシントン・コンセンサス」とは何物だろうか。実はきちんとそれを定義し、解説したメディアは少ない。
この言葉を創り出したのは、著名な経済学者のジョン・ウィリアムソン氏とされる。米国ワシントンのシンクタンク、ピーターソン国際経済研究所のシニアフェローだ。
中南米の累積債務国が金融危機に陥るたび、国際通貨基金(IMF)や世界銀行のエコノミスト、そして米政府・議会の要人は債務国にお説教していた。同時に、10項目から成る「政策処方箋」を押し付けており、1989年にウィリアムソン氏はこれを「ワシントン・コンセンサス」と名付けたのだ。
その処方箋とは、財政赤字の縮減、政府補助金の削減、税制改革、金利と為替相場の市場一任、民営化の推進・・・。1990年代に経済論壇の主流をなした新自由主義経済学の教理が並ぶ。他方、ウィリアムソン氏は、その推進者であるワシントンの「インナーサークル」こそが、この処方箋に自らは従わないのだと指弾していた。
その言葉をさらに有名にしたのが、ノーベル経済学賞を2001年に受賞した元米大統領経済諮問委員会(CEA)委員長ジョー・スティグリッツ氏。リベラル派の泰斗は、大ベストセラー『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』(徳間書店)でこう書いた。IMF・世銀がワシントン・コンセンサスをグローバル化の「教理」として世界に説いて回ったがために、1990年代後半に通貨危機に陥った新興アジア諸国をはじめ、途上国の国民の多くが格差拡大と経済破綻の淵へと追いやられた・・・。
ということは、ブラウン首相は「ワシントン・コンセンサスの終わり」を説くことで、IMF・世銀が主導する国際金融秩序の終焉を宣言したのか。いや、そうではあるまい。首相は今回のG20でも、「IMFなど国際機関の機能強化」と「保護主義への戦い」を同時に呼び掛けている。そればかりか、国際金融危機の収束に向け、IMFには「お目付け役」を委任しているほどなのだ。
では、ブラウン首相は「ワシントン・コンセンサス」という言葉を引いて、「何」の終焉を認めたかったのか。首相はステートメントの最後で、新しい世界秩序が出現しかけており、もっと持続可能でもっと公正な地球社会を建設するとも発言している。
ブラウン発言のカギ、チャーチル演説にあり
ブラウン発言を読み解くカギは、冒頭ステートメント後の質疑応答の中に隠されていた。
ある記者が次のように問い掛けた。経済協力開発機構(OECD)によるタックスヘイブン(租税回避地)リストの公表は、タックスヘイブンの「終わりの始まり」か。それとも「終わりの終わり」なのか。