“赤い津波”の悪夢が消え去り軍縮に突き進んだNATO

 トランプ氏の「NATO脱退」「欧州不支援」のチラつかせや、これに応じる形で欧州NATOが軍拡に走る背景には、ロシア・ウクライナ戦争の長期化と、ロシアのプーチン大統領からにじみ出る欧州侵略の野望に対する危機感がある。

ロシアのプーチン大統領(©Gavriil Grigoroy/TASS via ZUMA Press/共同通信イメージズ)

 第2次大戦終結の1945年直後に、欧米を中心とした資本・自由主義陣営(西側)の軍事同盟NATOと、旧ソ連率いる社会・共産主義陣営(東側)の軍事同盟WTO(ワルシャワ条約機構)がほぼ同時に組織され、欧州大陸を舞台に対峙した。いわゆる冷戦で、「欧州vsロシア1.0」と呼んでもいい対立構造が1989年まで40年以上続いた。

 この時NATO側は、強大な旧ソ連の大戦車軍団が欧州平原を突進してくるのではと警戒し、“赤い津波”の悪夢に苛まれ、軍備増強に余念がなかった。

 だが冷戦が終結した2年後の1991年にはソ連邦自体も崩壊し、ロシアやウクライナなど15共和国に分裂する。「赤い津波」の発生がほぼなくなったと確信したNATO、特に欧州側は、「平和の配当」とばかりに1990~2010年にわたり軍縮を推進した。

 民主主義国家であるため、国家への脅威が減れば余分な軍備を削減し、浮いた税金は他部門に回すのが自然だろう。だが、欧州の軍備削減は異常で、特に大陸の陸上戦で数がものをいう戦車(MBT=主力戦車)がリストラの矢面に立たされた。

 英国のシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)発行の『ミリタリーバンランス』各年版を参考に、データを比べてみたい。

 冷戦終結時の1989年に、WTOは約9万台(保管分1万台)、NATOは約3.4万台の戦車を有した。攻撃側は防御側の最低3倍の戦力が必要という「攻撃3倍の法則」が軍事の常識で、冷戦期はこの法則が順守され、軍事均衡による平和が保たれた(もちろん核兵器による抑止力も働いている)。

 では、2024年の状況はどうか。旧ソ連の事実上の継承国・ロシアの約5800台(保管分2900台)に対し、NATOは約1万900台(同1500台)。約2倍の台数となり、旧ソ連時代と比べて一見逆転したかのように思える。

 だがアメリカとカナダ、トルコを除いた欧州NATOだけに絞ると、約4400台と半減しロシアを下回ってしまう。それでも「攻撃3倍の法則」に照らせば、十分な戦力と考えがちだが、欧州NATOには冷戦期と比べて、戦車の前線配置に関してアキレス腱を抱える。

 冷戦時代、旧ソ連軍の大戦車軍団が突撃する場所として、西独と東独・チェコスロバキアが国境を接する平原地帯以外に、物理的・地形的に考えられなかった。大多数の戦車の進撃には広大な平地が必須で、これに見合う場所は他に見当たらないからだ。

 これを阻止するため、NATO主要国は最強の戦車部隊をこぞって西独の前線に布陣。その数は軽く1万台を超え、アメリカ単体でも6000台近い戦車を配置したほどである。旧ソ連の指導部にはっきりと見せつけることで、「もしかしたら侵攻作戦は成功するのでは?」という思いを萎えさせる「抑止力」として活用したとも言えるだろう。

2023年ポーランドで演習を行う米陸軍の主力戦車M1A2。アメリカの戦車保有数は保管分も含め約4100台で、NATO全体の実に半分を占める(写真:米陸軍サイトより)