『頭がいい人、悪い人の話し方』(PHP新書)のベストセラーで知られる樋口裕一氏は大のクラシックファンであり、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」が始まった5年前から本場ナントの音楽祭にも何度か出かけている。これまでに日仏合わせて182公演を聴いているというから、おそらく聴いた公演数では日本記録の保持者だろう。
小学生の頃からクラシック音楽を楽しんできた
「小学生の時からクラシック音楽を聴いてきたので、低価格で提供する公演というコンセプトに疑わしいという先入観を抱いたままナントに向かいました。しかし、実際ホールに足を踏み入れ演奏を聴いて、その先入観がみごとに間違っていることが分かりました」
こう話す樋口氏は食事や休憩を取っている時でも、「今この瞬間に隣のホールで素晴らしい演奏が繰り広げられているのではないだろうか」という焦燥感に駆られるようになり、いつしか「ラ・フォル・ジュルネ」フリークと化していたのだ。
樋口氏はこの音楽祭の楽しみを「今まさに音楽が創られている場所に遭遇するという喜び」と表現した。本来音楽が持つライブの楽しさを肩肘張らずに感じることができるよさだという。これが多くの聴衆を毎年引きつけている魅力なのだろう。
さて、このイベントは毎年テーマを決めて、それに沿ってプログラムが組まれている。テーマとなるのは作曲家、もしくは音楽様式、楽派などで、ナントと東京は同じテーマを共有している。
ちなみに2005年は「ベートーヴェンと仲間たち」、2006年はモーツァルト生誕250周年にちなみ「モーツァルトと仲間たち」、2007年は国民楽派の作曲家による「民族のハーモニー」、昨年2008年は「シューベルトとウィーン」だった。
宗教曲のいかめしいイメージと美しいメロディー
今年のテーマは「バッハとヨーロッパ」だ。バッハの作品はもちろん、バッハが影響を受け自らその楽譜を写譜した先人たち、そしてバッハを編曲した作品やバッハからインスピレーションを受けて生まれた現代作品などが取り上げられる。
バッハと聞いてすぐに思い浮かぶメロディーは「トッカータとフーガ ト短調」や、無伴奏ヴァイオリンのための「シャコンヌ」、管弦楽組曲の「G線上のアリア」などだろう。
宗教曲のいかめしいイメージとともに、こうした美しいメロディーメーカーとしての側面もバッハは持っている。そうした多面的なバッハと出会える滅多にないチャンスがこのイベントでもある。
「バッハの曲は構築性に優れ、知的なジグソーパズルの趣があります。無伴奏ものは、とても1台で演奏しているとは思えない音の組み立てに圧倒されます。どの曲も神の祈りの中で遊んでいるのではないでしょうか」
こうバッハの曲の印象を語る樋口氏に今回の「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」に出演する演奏者の中でお薦めを挙げてもらった。