1.中国の海洋進出

(1)海洋を巡る日中間の係争

 中長期的観点から、我が国や地域にとっての安全保障上の懸案事項として最大のものは、言うまでもなく中国である。日中間には、尖閣諸島の領有、東シナ海での日中間の排他的経済水域(EEZ=exclusive economic zone)に係る境界線(日中中間線)、沖ノ鳥島の国連海洋法条約上の位置づけ(島か岩か)など、主権やEEZに絡む係争点が現実問題として存在する。

 これに加え、近年の、中国海軍の急速かつ不透明な近代化や増勢、日中係争海域での中国艦隊の強圧的な行動、尖閣諸島領海内での漁船の海保巡視船への意図的衝突や漁業監視船などによる示威、不法活動など、看過できない問題が生起している。

 最近では、増強されつつある海、空軍力に加え、長射程の対地・対艦弾道・巡航ミサイルや宇宙兵器、サイバー戦能力を駆使して、中国の第1列島防衛線(日本列島、南西諸島、台湾、フィリピン諸島へ至る列島線)以東の西太平洋海域で、多層的な戦力により米海空軍力の接近を阻止し、地域での行動の自由を拒否する近接阻止・地域拒否(A2/AD:Anti-Access/Area Denial)戦略の構築を目指している。

 こういった安全保障環境の急速な変化を目の当たりにして、最近になって、日本の世論が漸く沸き立ってきたことは喜ばしいことであるが、こういう問題のみを微視的に見ているだけでは大局を見失うことになる。

(2)勢いを増す中国式「シーパワー」

アルフレッド・セイヤー・マハン米海軍少将(ウィキペディア

 近年、中国は改革開放路線の中で目覚ましく国力を伸張してきた。19世紀末、米海軍少将のアルフレッド・セイヤー・マハンが、その「シーパワー論」において唱えた国勢伸張のための3循環要素で言えば、まず第1の「生産・通商」では、貿易額で見ると2009年度ついにドイツを抜いて世界第1位となり、コンテナ取り扱い設備などの港湾能力は急速に成長を続けている。

 第2の「海運」でも、船舶量は便宜置籍国を除けば世界第4位で、国家を挙げて商戦隊の急速拡充を図っており、2010年には造船能力についても日本、韓国と肩を並べるほどに成長した。最後の「植民地」を現代流に解釈すれば、現在中国が推進している政治、経済、軍事上の海外活動拠点などの確保ということが言えよう。

 他方、これらの3循環要素を支え、真の「シーパワー」となるための「海軍力」についても、中国は大方の日本人の認識を遥かに上回るペースで、急速に沿岸海軍から外洋海軍へと脱皮しつつある。英国国際戦略研究所(IISS)によれば、中国は2008年に米国を抜いて世界第1位の軍艦保有国となった。

 中国の将来については、その驚異的な経済発展と裏腹に、急速な経済改革がもたらす国内的な弊害により、今後の政治、経済上の安定を危ぶむ声も出始めてはいるが、仮にこのまま海洋覇権的な発展が続けば、それはまさにマハニズムの達成ということになる。

 日本と同じく海洋に大きく依存し、利害と価値観を共有する民主主義国家、米国、豪州はもとより、インドや東南アジア諸国連合(ASEAN)などは、そういった事態が現実化することを危惧している。