半導体の受託生産で世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)は8月8日、同社として欧州初となる工場をドイツに建設すると明らかにした。ドイツ政府からの補助金を含めた総投資額は100億ユーロ(約1兆5700億円)を超える見込みだ。
自動車部品や半導体の大手と合弁
「ESMC(European Semiconductor Manufacturing Company)」と呼ぶ合弁事業を、ドイツ自動車部品大手ボッシュやドイツ半導体大手インフィニオンテクノロジーズ、オランダ半導体大手NXPセミコンダクターズと設立し、TSMCが70%を保有する。残りの3社はそれぞれ10%ずつ保有し、工場の運営はTSMCが行う。場所は東部ドレスデンで、2024年後半に着工し、27年末の稼働を目指す。
米アップルや米クアルコム、ソフトバンクグループ(SBG)傘下の英半導体設計大手アームなど、さまざまな企業向け半導体を受託生産しているTSMCは、台湾を生産の本拠地としている。一方で、同社は米アリゾナ州に先端半導体の工場を、日本の熊本県に旧世代半導体の工場を建設中だ。同社によると、ドイツの新工場では、自動車や産業向けの旧世代半導体を製造する。
米ウォール・ストリート・ジャーナルによると、ドイツ政府は欧州連合(EU)の承認を受けることを条件に、半導体プロジェクトの投資額に占める補助金比率の制限を緩和した。ドイツは数週間前にも、米半導体大手インテルに対し100億ユーロの補助金を交付すると発表している。インテルは、東部マクデブルクの工場に300億ユーロ(約4兆7100億円)を投資する計画だ。最大規模の対ドイツ外国投資で、ドイツ政府はこれを支援する。
米国では22年8月に半導体の生産や研究開発に527億ドル(約7兆5500億円)の補助金を投じる「CHIPS・科学法」が成立した。TSMCやインテルはこの補助金を得ることを前提に米国工場の建設を決めた。
一方、EUは世界半導体市場におけるシェアを倍増させたい考えだ。高成長産業における域外サプライヤーへの依存を減らし、ハイテクサプライチェーン(供給網)を強化する取り組みを進めており、半導体のシェア倍増計画はその一環となる。
欧州半導体産業強化、中国依存低減
欧州が域内の半導体産業を強化しようとする試みは、中国からの技術輸入への依存度を減らすための戦略的な取り組みでもあるとウォール・ストリート・ジャーナルは伝えている。
22年2月にロシアがウクライナへの侵攻を開始して以来、欧州は主要なエネルギー供給国の1つであるロシアに代わる手段を探している。こうしたなか、欧州各国政府は、将来の地政学的リスクから自国を守る方法を模索している。
欧州が中国に対する政策を変えるきっかけとなったのは、中国が台湾に侵攻するというシナリオだという。もしそうなれば、大陸に経済混乱をもたらす恐れがあると欧州は考えている。加えて、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)も政策変更の要因となった。さまざまな業界の重要サプライチェーンが混乱に陥ったからだ。
ドイツのショルツ政権は23年7月、最大の貿易相手国である中国に関する初の外交戦略を策定した。この中で、国内経済の中国との関わり合いと、中国への技術的依存度を低下させる、という方針を示した。これはハイテク分野と戦略産業への国の支援を通じて行うという。
TSMC、欧州自動車メーカーとの関係強化
TSMCは消費者需要の低迷やコスト高、熟練労働者不足などの課題に直面している。しかし、同社も欧州や米国と同様に、資産を世界中に分散させ、地政学的な緊張に対する脆弱(ぜいじゃく)性を低減しようとしている。加えて、欧州に製造拠点を構えることで、域内の主要自動車関連顧客とより緊密な関係を築けるようになる。
パンデミック時には、エアコンやエンジン制御などに必要な半導体が不足した。これにより、自動車メーカーは工場の操業一時停止や生産の削減を余儀なくされた。ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、その収益損失は数十億ドル(数千億円)に上った。自動車メーカーはこの経験を踏まえ、TSMCなどの半導体メーカーと連携し、より優れた供給システムを構築しようと考えた。