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集合したロシア軍の動員兵(写真:ロイター/アフロ)

(文:名越健郎)

ロシア軍は開戦時、キーウで軍事パレードを行うことを想定し、将校たちに軍服や勲章を持参するよう指示したという。「なぜ、世界最強の軍隊がウクライナ軍に惨敗を喫したか」――開戦以来のこの疑問に対して、米「ニューヨーク・タイムズ」紙は数百通に及ぶロシア軍や当局のメールや文書、捕虜の証言などを集め検証を試みた。

 ロシア軍のウクライナ侵攻は、ウクライナ軍が1月1日未明、東部ドネツク州マケエフカのロシア軍臨時兵舎を米国製精密誘導ミサイル、ハイマース(HIMARS)で攻撃し、動員兵ら多数の死者を出して越年した。

 ロシア国防省は89人が死亡と発表、ウクライナ側は約400人が死亡したとしており、単独の攻撃では最大規模の犠牲者が出た模様だ。兵舎のそばに武器・弾薬が置かれていたため、引火して大爆発が起きたとされる。ロシアのSNSでは、軍幹部の不手際を非難する政治家や元軍人らの書き込みがあふれた。

 ロシアのジョーク・サイトでは、「ロシア軍はウラジーミル・プーチン大統領の軍改革のおかげで、ウクライナ領内で2番目に強力な軍隊になった」とする自虐的なアネクドートも登場したが、冷戦期以来、米国と並ぶ強大な軍事力を誇ったロシア軍が予想外に弱かったことは、ウクライナ戦争の大きな謎だ。

 米紙「ニューヨーク・タイムズ」(電子版、12月16日)は、「プーチンの戦争」と題して、ロシア軍の「歴史的失敗」に関するインサイド・ストーリーを報じた。

 この調査報道を基に、ロシア軍がなぜ苦戦するのかを探った。

パトルシェフ書記らが軍指導部の責任追及

 クレムリンの内情に詳しいとされる正体不明のブロガー、「SVR(対外情報庁)将軍」は3日、SNS「テレグラム」で、兵舎攻撃の報告を受けたプーチン大統領が1日夜のオンラインによる安全保障会議で、国防省や軍参謀本部の幹部を口頭で叱責したと書き込んだ。

 それによれば、会議では各組織から死者数に関する異なる情報や報告がなされたが、ニコライ・パトルシェフ安全保障会議書記は、死者・行方不明者312人、負傷者157人という数字を、名簿を添付して報告。「悲劇」の原因を軍指導者に求め、責任者の処罰と人事異動を要求したという。連邦保安庁(FSB)のアレクサンドル・ボルトニコフ長官もパトルシェフ書記の報告を支持し、軍参謀本部の責任を追及、大統領も同調したとされる。

 パトルシェフ書記やFSBは、軍指導部がこれまで、実際の損失や苦戦を秘匿し、大統領に虚偽の報告をしてきたことも問題視したと「SVR将軍」は伝えている。ただし、「SVR将軍」の書き込みには、フェイクニュースも少なくない。

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