角川歴彦氏(写真:ZUMA Press/アフロ)

(黒木亮・作家)

 出版大手KADOKAWAの角川歴彦会長が、東京五輪の汚職をめぐる贈賄容疑で逮捕された。筆者は作家として同社と約20年間付き合ってきたが、今回の事件の背景には、天才的な経営手腕で一世を風靡した兄、春樹氏への対抗心があったのではないかと見ている。

 角川書店(現・KADOKAWA)は、終戦の年に春樹・歴彦兄弟の父で国文学者、角川源義氏が創業した老舗出版社で、昭和27年に刊行した『昭和文学全集』の成功で文芸出版社としての地位を確立した。

 しかし、源義氏の長男である春樹氏が同社に入社した1965年(昭和40年)には、「編集部で石を投げれば学者か俳人か歌人に当たる」というお堅い学術出版路線が破たんし、経営は行き詰まっていた。

「文庫本」の概念を打ち破った発想

 そうした窮状を打破したのが、20代の若き春樹氏だった。父親と対立しながら、文庫のカバーを美しいカラー刷りに変えたり、『ラブ・ストーリィ』や『ジャッカルの日』など、外国映画の原作を出版したりして、大当たりをとっていく。

 おりしも講談社や中央公論、文藝春秋、集英社など大手の参入で、文庫本戦争が勃発。迎え撃つ春樹氏は、1作に自社の年間売上げの1割以上の費用を注ぎ込み、『犬神家の一族』『人間の証明』『野性の証明』『蘇える金狼』などを映画化。同時に文庫本を売りまくる「メディアミックス」という斬新な手法で赫々たる成果を上げる。