ボブ・ディラン 写真/Photoshot/アフロ

(小林偉:放送作家・大学講師)

歌から過去の“事件”を知る!

 2019年に公開され各映画賞を総なめにした『新聞記者』のように、日本では小説や映画、ドラマなどには見受けられるものの、“実際にあった事件をモチーフにした歌”というのは、現在ではほとんどありません。

 高度なマーケティングによって動いている現代日本の音楽界では、こうしたいわゆる“社会派”な歌は、売れる可能性が狭まるためか、少なくとも日本のメジャー・アーティストに於いては書きたくても書けない、オトナの事情はあるでしょうが・・・。

 しかし実はコレ、洋楽の世界ではかなり昔から現在に至るまで結構たくさんあるんです。

 事の大小に関わらず、それぞれのアーティストの心を揺さぶった実際の事件を取り上げ、「皆さん、“問題意識”を持ちましょう」というメッセージを込め、世に出された・・・今回は、そんな曲を幾つかご紹介したいと思います。

 まずは、こちら。

●「The Lonesome Death of Hattie Carroll/ BOB DYLAN」

 ノーベル文学賞受賞者でもあるボブ・ディランの「ハッティ・キャロルの寂しい死」という曲です。

 この曲で歌われているのは、1963年にアメリカ南部のボルティモアで実際に起こった事件のこと。ホテルのラウンジでウェイトレスをしていた、当時51歳のハッティ・キャロルという黒人女性が、ウィリアム・ザンジンガーという24歳の白人の金持ちのボンボンに「注文した飲物を持ってくるのが遅い」というだけの理由で、持っていたステッキで殴り殺されたという事件。ハッティ・キャロルは10人の子どもを育てていたお母さん。そんな女性を殺したザンジンガーは現行犯逮捕されましたが、裁判では何と執行猶予付きの判決となったのです。

 この理不尽なニュースを聞いたボブ・ディランは、一晩の内にこの曲を作り、すぐにレコーディングしたそうです。しかし歌詞の内容が、怒りではなく、被害者へ寄り添うようになっているところが、ノーベル文学賞たる所以かも・・・。

 近年、“BLACK LIVES MATTER”という、黒人差別への抗議活動が呼びかけられていますが、裏を返せば60年近くを経ても大して状況が変わっていないのは悲しいことです。

 ちなみに、ディランは未だにこの曲をライブでよく歌います。前回来日した2016年の公演でも取り上げていました。ディランにとっては「いつまで、この曲を歌い続けなければならないんだ?」という想いかもしれませんが・・・。