(岩田 太郎:在米ジャーナリスト)
ロシアのウクライナ侵攻からほぼ100日が経過した6月1日、金融派生商品(デリバティブ)を扱う世界の大手金融機関で構成されるクレジット・デリバティブ決定委員会は、ロシア政府が支払い不履行(デフォルト)に陥ったと認定した。ロシアが期限に遅れて元利を償還した米ドル建て国債について、約1カ月分の延滞利息のおよそ190万ドル(約2億4000万円)が上乗せして払われなかったことが判断理由だ。
このデフォルトは、国連憲章に違反して主権国家ウクライナを侵略したロシアに対する制裁として、世界中の大半の国際決済や資産保有がドルで行われるという基軸通貨の特権を持つ米国が、ロシア財務省のドル建て債償還業務を代行する米金融機関による支払いを意図的に阻んだ結果である。
そのため、ロシアのアントン・シルアノフ財務相は、「われわれには資金と支払う意思がある」にもかかわらず、「非友好的な国が人為的に作り出した状況」に直面していると述べ、裁判などで徹底的に争う構えだ。
欧州など世界各国がロシア産の天然ガスや原油に深く依存し、制裁下でも購入を続けざるを得ないことに加え、最近の資源相場急騰で国庫が潤うロシアに「支払い意思と能力はある」との主張は、事実に照らして正しい。
だが、米国や欧州、さらに日本による金融制裁という「人為的な状況」を作り出したのがロシアによる違法な戦争であったことに鑑みると、侵略を止めないことで生み出された自業自得の苦境に文句を言うのは筋違いであろう。
いずれにせよ、今回のロシアによるデフォルトは、世界の重要な国際決済や資産保有の大半が米ドルで行われており、大国のロシアや中国でさえ有効な対抗手段を持たないという現実を改めて突き付けた。
こうした中、「ロシア経済は欧米の金融・経済制裁によく耐えており、制裁は失敗に終わった」「ロシアへの制裁で苦しんでいるのは西側諸国だ」「欧米による対ロシア金融制裁は、ロシアと同じ運命を恐れる各国の米ドル資産保有や米ドル決済を漸減させ、米ドルの基軸通貨としての地位が低下する」との主張が中国やロシアのメディアで目につく。米国や日本の論壇においても、類似の論調を見かけることが増えている。
そのような意見は、より大きな流れである「中国台頭による米国衰退論」や「大国中国と仲良くすべき論」、さらには「ウクライナ戦争は欧米に責任がある論」と通底するものがある。
東西間の新冷戦がエスカレートする中、それらの言説を成立させている成分や要素、さらには政治的背景を明らかにすることは重要ではないだろうか。そこで、本稿では(1)対露制裁失敗論、および(2)この先数カ月のロシア経済の展開の二つのテーマを検証したい。