2015年の慰安婦合意と「明治日本の産業革命遺産」のユネスコ世界遺産登録に外相として対処した岸田首相。だが、慰安婦合意は破棄され、ユネスコ世界遺産登録でも、朝鮮人の徵用を表す「forced to work」という言葉が公式文書に残されるとともに、朝鮮人の徵用を知らせるインフォメーションセンター設置を推進することを強いられた。首相になった岸田氏は韓国とどう向き合えばいいのか──。韓国における保守派論客として知られるファンドビルダー氏の論考(前編)。
◎中編「韓国人が語る、反日全体主義集団と化した韓国とどう向き合うべきか」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/67390)を読む
◎後編「自浄能力のない韓国に期待しても無駄、強力な輸出規制をかけよ」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/67392)を読む
明治時代の産業遺産と朝鮮人の徴用は時期的に無関係
(ファンドビルダー:韓国コラムニスト)
岸田文雄首相は、「明治日本の産業革命遺産」のユネスコ世界遺産登録と日韓慰安婦問題合意の二度、韓国と直面した。いずれも2015年で、当時外相だった岸田文雄総理が交渉を推進した。
「明治日本の産業革命遺産」は、幕末期から明治時代の重工業の発展を導いた造船所や炭鉱など23資産がユネスコ世界遺産に登録されている。
2013年9月17日、日本政府が「ユネスコ世界遺産登録」を推進する方針を公式発表すると、韓国は反対運動を本格的に展開し始めた。韓国メディアは「朝鮮人を強制徵用した炭鉱が世界文化遺産」「厚かましい日本、韓国人徵用の現場を世界遺産に推進」「日帝強制徵用の象徵『地獄島』、ユネスコ登録推進」などのタイトルで報道し、反日感情を煽った。
韓国政府は日本政府に対して登録推進の撤回を公式要求した。韓国の反日団体は「日本の登録を防ぐため、国際的活動を大々的に広げる」と述べた。ニューヨークの韓国人PTA団体も、「日本の登録に反対する書簡をユネスコに伝える活動を展開する」と主張している。
明治時代は1868年から1912年で、朝鮮人の徵用はずっと後の1944年9月から1945年8月までの1年間だ。韓国側は1年に過ぎない朝鮮人の徵用がまるで1868年から1912年まで長期にわたって実施されたかのように主張したが、妥当性はない。明治産業革命と朝鮮人の徵用は時期的に見ても、因果関係はまったくない。
論理的な大義名分がないにもかかわらず、韓国はひたすら「朝鮮人強制徴用の『恨』がある場所」という自己中心的な感情を出した。地球上のあらゆる国が行ってきた合法的な徴用を日本だけが法を犯したかのように言い続け、「強制徴用」「強制動員」という表現にこだわった。ユネスコの登録が間近に迫ると「強制労働」という表現を新たに持ち出し、国際社会に向けた反日プロパガンダ活動に拍車をかけた。