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台湾ではここに来て新型コロナの感染者数が増加している(写真:ZUMA Press/アフロ)

(文:野嶋剛)

台湾での新型コロナ拡大を受け、焦点に急浮上したのがワクチン不足の問題だ。中国製ワクチンの提供を呼びかけた習近平政権、対中依存を望まず自主開発と米国の支援に期待をかける蔡英文政権。ワクチンをめぐる駆け引きが、米中新冷戦と台湾の未来を睨みながら、激化している。

「完璧」な出口戦略を狙ったが――

 台湾の新型コロナからの出口戦略は、もともとは「完璧」に練り上げられていたはずだった。

 今年前半は新規感染を徹底的に抑え込み、その間にワクチンの自主開発を進める。医療関係者などの先行接種には輸入ワクチンで対応し、年後半から一般市民への自主開発ワクチン接種を本格化させ、集団免疫を獲得する。そして海外との交流も段階的に解除して、生活や経済を正常化させる――。

 このシナリオのもとになっていたのが、4月末までの累計感染者数が1200例以下という世界にも類を見ないほどの抑え込みを成し遂げた「台湾モデル」と称賛される新型コロナ対策だった。

 ところが、今年5月に入ってそのシナリオが大きく狂い始める。

 台湾大手「中華航空」のパイロットの感染をきっかけに、彼が自主隔離していたホテルで感染が広がり、ほぼ同時期に風俗サービスも提供する喫茶店が立ち並ぶ台北の繁華街・萬華で大型のクラスターが発生した。

 パイロットが持ち込んだコロナウイルスが感染力の強い英国型の変異株だったことも災いし、迅速な疫学調査や隔離といった従来の対策ではウイルスの勢いは抑え込めなかった。

 ここ1週間は連日200~400人台の感染者を出しており、蔡英文政権は全土にレベル3(上から2番目)の警戒状態を敷いた。政権が屋外10人、屋内5人以上の集まりを禁止し、外出時のマスク着用を罰則付きで求めたのに対し、市民の側も外出を自ら控える「自主封城(自主ロックダウン)」で当局の求めに協力している。

 それでも26日には計635人(同日判明分は304人)の感染者を計上し、感染経路を追えない感染例も過去最高の122人を数えるなど、予断を許さない状況が続いている。

「重要な防疫物資は国産化」という方針

 台湾は新型コロナ流行当初からワクチン自主開発の方針を明確に掲げていた。それは台湾なりの「自助」重視の考え方に基づく。

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